第63話試験前
校舎内に入り、受付のある建物に案内板に従いながら向かう。到着すると受付前には人が溢れていた。列に並びながらキョロキョロと辺りの様子を伺う。小さい頃外から眺めていた時に抱いたイメージとは違い、案外普通の建物だった。
ただ所々に試験官らしき人が立って、受験生を観察している。突然ゾッとするほどのただならぬ気配を感じ思わずジンはそちらに目を向けた。
そこにいたのは一人の女性だった。身長はジンよりも少し大きい程度だろうか。若葉色の腰まで届くストレートの髪に王国騎士団の制服であるダークブルーのスーツを身にまとい、腰にはレイピアを指している。遠目から見てもその女性が他の試験官たちに比べて際立っていることがわかる。
その女性は受験生の行動をつぶさに観察していた。おそらくその中から優秀な人材を探そうとしているのだろう。ふとジンは彼女と目があった気がした。彼女がこちらに唐突に顔を向けたからだ。だがすぐに別の方へと目を向けたので気のせいだったのだろう。
周囲を見渡すと、多くの受験生はその気配に気がついていないようだった。だが幾人かは咄嗟にか、携帯している剣の柄に手を伸ばしているのがわかった。
どうやら彼らはその気配に気がついたらしい。騎士団の女性は彼らに目を向けて小さく笑っていた。彼女のお眼鏡にかなった者がその中にいたようだ。
彼女の視線の先に目を向けると、凛とした表情の精悍な少年が立っていた。短い茶色の髪は逆立っており、身につけているものは先ほどのディオスほどではないが立派である。だが一目で強いことがわかる。他にも彼女が目を向けた学生を窺う。
こちらはワインレッドの奇怪な模様の剃り込みを入れた5分刈りの少年であった。その荒々しさを表すかのように炎の意匠を凝らした刺青が首に彫られている。筋骨隆々で、昔のウィルを連想させる。女性の視線に気づいているのか、歯をむき出して笑いながら睨み返している。それに彼女は微笑み返していた。
「君、さっさと前に進みなさい」
そうこうしているうちにジンの前にいた少年が受付で登録を終わらせたらしい。目の前にいる30代ぐらいのスキンヘッドの男性が眼鏡の奥から彼を見ていた。
「は、はいすいません!」
ジンは慌てて登録用紙に諸々の情報を書き込んだ。それが終わると、人の波に流されて中庭に出た。偶然空いていたベンチに一息つこうと座る。しばらく空を仰いでいると、目の前に誰かが立った。そちらに目を向けると、先ほど見かけた茶髪の少年だった。
「もしよかったら隣に座っていいかな?」
「ああ、うん。いいよ」
「ありがとう」
その少年はジンに一つお礼を言うと、その横に座った。
「ぼ、俺の名前はカイウス。君は?」
カイウスと名乗った少年は人懐っこそうな顔してジンに尋ねてくる。
「ジンだ」
その表情になんとなく毒気を抜かれる。緊張で張り詰めていた糸がたわんだような感じがした。
「ジンか、いい名前だね!あ、ジンって呼び捨てにしてもいいかな?」
「あ、ああ別に構わないよ」
「本当!ありがとう。ぼ、俺のこともカイウスって呼び捨てでいいからね」
「わかった。よろしくなカイウス」
「うん!」
なぜかものすごく嬉しそうな顔をしているカイウスだったがジンは思わず気になったことを尋ねた。
「それで…俺に何か用か?」
「へ?別にないよ?」
「ん?」
その返答は予想外だったため、ジンは目をパチクリさせる。先ほどの女性がピンポイントで見つめていた少年がわざわざ自分のところに来たのだ。何かあるのではないかと勘ぐってしまった。
「ただ…まあ強いて言うなら面白そうだったからって言うのが本音かな?」
「…どう言う意味だ?」
「別に言葉通りの意味だよ。あの女の人のプレッシャーを受けて、僕ともう一人の赤い髪のやつに真っ先に目を向けたのが君だったからね」
ジンは軽く驚いた。わずかな時間しかカイウスに目を向けていない。そのため相手に気づかれているとは思ってもいなかった。だがカイウスはそれに気づいていたのだ。
周囲を多くの人間に囲まれ、意識を向けざるを得ないような相手がいる中で、故意に自分に向けられた視線に気がつくなど、そんな芸当はおそらくウィルでも無理だろう。
「…驚いたな。なんでわかったんだ?」
「視線にはちょっと敏感でね。それとあんな恐ろしい気を向けられたら周囲だって気になっちゃうよ。他に何かあるんじゃないかってね。そしたら偶然君の視線を感じたのさ」
何とは無しに軽く語るその内容は、しかし異常であることをカイウスは気づいていない。自分でも『恐ろしい』と表現している気配を受けて、なお周囲に広範囲の探知網を広げたのだ。あの状況下で彼は一人、素早く他の敵の有無を探っていた。それも無意識の内に。ジンは思わず唾を飲み込んだ。
「まあ、いいや。そろそろ試験開始みたいだ。とりあえずお互い頑張ろう。でも大丈夫。きっと君なら受かるよ」
「そうだといいけどな」
「安心していいよ。ぼ、俺の勘は結構当たるんだ。それじゃあ僕は先に行くね」
少年らしいあどけない笑顔をジンに向けてから、歩き去って行った。
「結局『僕』って言ってんじゃねえか。しかしこっちにもなかなかやばい奴がいるんだな…」
ジンはその後ろ姿を眺めながら思わず呟いた。おそらく自分と同等かそれ以上の修羅場をくぐっている。そう感じさせる雰囲気を彼は持っていた。
「まあ、まずはテストか…」
ジンは彼のことを頭の隅に無理やり追いやり、両頬をペシペシと叩いてから立ち上がり、試験会場に向かった。
試験会場は10箇所あり、各部屋それぞれ100人の受験生が割り当てられている。毎年1000人を超える受験生の中から200人前後が合格すると言われている。ジンが目的の教室に着くと、席は8割がた埋まっていた。
長机にそれぞれ4人ずつ座っている。自分の受験票と座席番号を見比べながら歩いていると、すぐに見つけた。だがそこは長机の真ん中の席であった。既に両端に受験生が座っているため、仕方なくジンは目の前の少年に声をかけた。
「ごめん、悪いんだけどちょっとどいてもらえるかな。俺、君の隣の席なんだよ」
「あ、うん大丈…げっ!」
「げ?」
謎の奇声をあげた少年、もとい少女をよく見てみると、狂犬のような目をしたシオンだった。
「はぁ、なんでお前が僕の隣なんだよ…」
シオンが机に突っ伏しながらぼやく。
「いや、それは俺のセリフだって。なんで人の顔を見るたびに睨んでくる奴の隣でテスト受けなきゃいけないんだよ」
「あぁ!?僕が悪いのか?ふざけたこと言ってると引きちぎるぞ!」
「どこをだよ、怖いわ!なんでお前はすぐに喧嘩売ってくるんだよ!沸点低すぎだろ!」
「なんだと!どこの誰が短気で単細胞だって!?」
「そこまで言ってねえけど、お前だよ!」
「よーし、ぶっ殺す!表出ろ!」
「一人で行けよ!俺はテストを受ける!」
「ふざけんな!僕も受ける!」
「なら受けろよ!」
「そうする!」
「そこの二人いい加減静かにしなさい!」
アホみたいにギャーギャー騒いでいると、教壇の前にいつのまにか立っていた橙色の髪の40代ぐらいの女性がジンたちを睨んでいた。
「「ご、ごめんなさい!」」
その声に慌てて二人とも立ち上がって頭を下げ、座席に着く。だがお互いに睨み合いを続けていた。ふとシオンの足がジンの足に当たる。偶然かと思い無視していると、味を占めたのかガンガン踏んづけて来た。それから机の下での攻防が始まった。
二人の卓越した足さばきは徐々にヒートアップしていき、次第に机をガンガン蹴り上げていった。その二人の凶暴性に同じ机の残り二人の生徒が怯えた表情を見せる。もはやうるさいほどガタガタと机が床にぶつかる音がする。
「くそっ!死ね、死ね!」
「てめえが死ねバカ!」
「うるせえこのハゲ!」
「ハ、ハゲてねえし!この絶壁!」
「あ、お、お前、くそ、し、死ね、死ね!」
「痛っ、痛ってえな、やめろ貧乳!」
最初は小声で言い合っていた罵詈雑言も次第に大声になっていた。
「いい加減にしろつってんだろうが!」
試験官の女性が綺麗なフォームで足を振りかぶると、全身に闘気を漲らせ、ジンとシオンに向かってチョークを投げつけた。猛スピードで接近するそれは見事に彼らの額に当たり砕け散った。
「「うぎゃ!」」
「てめえら次やったら追い出すぞ!」
「「ご、ごめんなさい!」」
鬼のような形相を向けてくる試験官にさすがに二人も、静かになった。
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