第64話試験開始
「えー、以上が試験前の注意事項です。どっかのバカ二人が騒いだため開始時刻が少しすぎてしまいましたが、気を取り直して、それでは始め!」
その言葉を受けて目の前に置かれていた紙を裏返す。いくつかの選択肢が与えられた問題が何問かと記述問題が一問という構成になっている。選択問題にさっと目を通して、ジンは愕然とした。ほぼ全て知らない内容だったからだ。
『ウィルが言ってた問題と全然違うじゃんか!』
ウィルの話では主に法術についての極一般的な質問が聞かれるとのことだった。ただ惜しむらくは彼の知識が10年以上更新されていなかったことだ。当時の彼が伝え聞いたものと目の前にあるテストは全く違ったのだ。それに法術の技術も日進月歩で、日々発展している。そのため人間界に住む者にとって当たり前の知識をウィル達は持っていなかったのだった。
『どうしよう…』
周囲からカリカリと軽快な音が聞こえる中、彼は一人頭を抱える。そっと右隣のシオンに目を向けて見る。その手はスラスラと流れるように動き、その顔は余裕の表情を浮かべている。むしろつまらなそうにあくびすら噛み殺している。ふとジンの視線に気がついたのか、目を向けてくる。そしてジンの答案用紙が白紙であることを発見した。
「ふっ」
鼻で笑うと同時に、露骨にバカにしたような表情を向けてくる。そしてジンに答案が見えるように、手を動かす。その行動にジンは逡巡する。見るべきか見ないべきかと。
確かに学校に入ることが目的ならば、見たほうがいいだろう。だがここまでバカにされている状態を彼のプライドが許せるかというともちろん否である。悩んだ末に彼が下したのは見ないということだった。それから勘だけを頼りに彼は答えを選択していく。
気がつけば残りあと20分ほどのところでようやく記述問題にたどり着いた。ありがたいことにこちらの問題は彼にとってあまり難しいものではなかった。マリアにかつて教えてもらったものの範囲に含まれていたからだ。具体的なものはマリアには教えてもらえなかったが、残りの部分はウィルが説明してくれた。
『よっしゃ!これなら書ける!』
心の中で狂喜乱舞する。だがそれも残り時間以内に書き終わらなければ意味がない。ジンは猛スピードで問題を解き始める。その横でそれに気がついたシオンは目を丸くして驚いた表情を浮かべ、対抗心を燃やしたのか自らも描くスピードを上げた。
「そこまで!」
カリカリカリカリ…という音が周囲に鳴り響く中、ついに試験官がそう告げた。会場内には重い溜息と、解放されたというホッとした雰囲気が立ち込めた。ジンもまた重い溜息を吐いた一人である。後半部分は巻き返せたと思うが、いかんせん前半部分の選択問題は壊滅的だ。まさに神に祈りたい気分だが、ラグナでは頼りにならないように思えた。
「おい、どうだった?」
そんなことを考えているとシオンが横から話しかけてきた。
「…別に、普通だよ普通」
それを聞いた彼女はニンマリといやらしい顔をする。整っている容姿のためか、そんな顔でも可愛らしい。それがなんとなくジンを余計にイラつかせた。
「落ちた?ねえ落ちた?」
「う、うるせえ!お前はどうなんだよ!」
そのジンの質問にシオンはキョトンとする。
「え、こんなの解けないほうがおかしいじゃん。今時こんな問題解けないのってよっぽど田舎から出てきたやつ以外にいないよ?」
「くっ…」
「まあお前ともこれでお別れだな…ふっ、残念だよ」
「う、うるせえ!次の実技で巻き返すんだよ!」
「ふーん、まあでもあの程度の動きだったら、ある程度他のテストの出来が良くないと受からないと思うけどね」
「ぐっ…」
「まあいいや、そんじゃあね。縁があったらまた会おう、あはははは!」
そして笑いながらシオンは走り去って行った。
「あの、くそ絶壁女が…」
ジンはムカムカとしている気持ちを抑えるために、中庭で休むことにした。そして適当に空いている場所を見つけて、アンナからもらったサンドウィッチをつまむことにした。相変わらず絶品だった。それから午後の試験に向けてしばしの仮眠を取ることにした。
午後からは実技試験が始まった。実技試験には法術試験と剣術試験の二つがある。合格者はこの試験の総合結果を踏まえて、S〜Eのどのクラスに入学するかが決まるのだ。合格した200人のうち140人はC〜Eクラスに入ることになる。D、Eに50人ずつ、Cに40人、A、Bクラスにはそれぞれ20人と30人、そしてSクラスにはたった10人の生徒しか入れない。成績上位の者たちの中でもほんの一握りのものが入れるのがこのクラスである。
ちなみにウィルとマリアもこの学校の卒業生であり、マリアはSクラス、ウィルはAクラスに所属していたらしい。
試験は受験票に記載された番号順に行われ、待機中の受験生は番号順に並んで座ることになっている。そして呼ばれると前に出て、20メートル先に設置された的に向かって術を放つのだ。そのため…
「よう、また縁があったな」
「くっ!」
当然のことながら彼の横の席にはシオンが座っていた。
「随分早く縁があって嬉しいよ」
意地悪い笑みを浮かべながらシオンに目を向けると赤い顔をして俯いている。
「ふっ」
それを見て思わず鼻で笑う。それに反応してシオンがキッと睨んできたが涼しい顔でそれを無視した。
「次の受験生、前へ!」
「お、俺の番か。それじゃあシオン、縁があったらまた会おうぜ!」
ジンは立ち上がり歩きながら、手を上げて言った。
「死ね!」
シオンが真っ赤な顔で唸った。
ジンは試験官の前に立つ。
「それではあの的に向かって自分の扱える法術を放ってください。威力や難易度の高い術は加点の対象になります」
「わかりました!」
力強い返事をしてジンは集中する。『無神術』の本質は創造と破壊であると『ノヴァ』は言った。そのため彼はここ数年間修行して、法術のように見える術を創造することに成功した。
「『火球』!」
ジンの掌の上に突如として浮かんだ火の玉は成人の頭ほどまで大きくなる。それを的に向けてジンは放った。ものすごいスピードでそれは飛んでいき、的に着弾し、燃やした。
『よし!』
心の中で思わずガッツポーズする。この術は他の者が行うものよりも多くの過程が必要となる。まず火を生み出し、次にそれを球形に止めるための力場を生み出す。それから指向性を持たせるために風を生み出し、それが周囲に拡散しないように空間を固定する。そのため非常に燃費が悪いのだ。一発放っただけでも疲れが溜まる。
『どうよこれ?』
心中ではほくそ笑みながら、真面目な顔をして試験官に目を向ける。自分の中ではかなりいい出来である。きっと評価もまあまあいいはずだ。そう思っていたのだが、試験官は興味なさそうな様子だった。ジンとしてはいい出来だと思っていた。
確かにマリアやウィルに比べてとても弱々しいが、ウィルもこの程度はジンの年代なら普通だと言っていた。つまりそれは試験官からしても、ジンの術はごく一般的な威力だと言うことだったのだが、ジンはそれを理解していなかった。
「はい、OKです。君は次の試験まで自由にしていて構いませんよ。次の受験生、前へ!」
「あれ?」
ジンがその対応に驚いているとシオンが立ち上がった。
「はい!」
ジンが戻ろうとして、シオンと交錯する。
「ダサっ」
すれ違いざまのシオンの一言にジンも文句を言おうとするが、
「僕が本物の火法術を見せてやるよ」
そう言って試験官の横までスタスタと歩いて行ってしまった。
「おもしれえ、見せてみろよ!」
ジンが言うと、シオンは振り返りニヤリと笑う。
「それでは術をあの的に向かって放ってください。威力や難易度の高い術は加点の対象になります」
「はい!あの全力でもいいですか?」
「君は…シオンさんか。大丈夫ですよ。ここは結界も張られているし、対応できるように試験官も複数人待機していますから」
「わかりました!」
試験官の言葉に頷くと、シオンは集中し始める。両手を前に出し、体が赤い光の膜に包まれる。
『喰らい尽くせ、『炎龍』!』
彼女の体を炎の龍が包み込む。そしてそれは『ゴォォ』と鳴き声のような音を出して的に向かって宙を駆けた。一瞬にして的にぶつかると巨大な炎の柱が立ち上る。それは結界にぶつかり、結界を明滅させた。
「こ、これは…」
試験官を含めその場にいた者全員が唖然とする。ジンは隣にいた受験生が「すげぇ」と呟いているのを聞いた。彼自身も彼女の術を見て、目をそらすことができなかった。自分の術があまりにちっぽけで笑えてしまう。
確かに『ダサい』と言われても仕方ない。相手は炎の龍、かたや自分は初歩的な火球。比べることすらおこがましい。そんなことを考えていると、したり顔でジンの方にシオンが歩いて来た。
「どう?これが本物だよ」
「くっ!」
「まあ、お前もしょぼいなりに頑張ったんじゃない?でももう落ちただろうけどね、はははは!ウギャ!」
「ははは、ざまぁ!」
高笑いしているシオンの額に思いっきりデコピンを打ち込むと、ジンは全力でその場から逃走した。シオンが後ろから何かを叫んでいるのが聞こえたが、それは無視する。そのまま素早く物陰に隠れた。
「クソ野郎!どこ行った、出てこい!ぶっ殺してやる!」
そんな罵詈雑言を鼻息荒くしながら叫んでいるシオンにバレないように、最大限まで気配を無くす。カイウスほどの探知技術がない限り、よっぽどのことが起こらなければバレることはないだろう。
案の定彼女はジンに気がつかず、あらぬ方向へと去って行った。それから彼は次の試験の開始時間まで隠れて過ごし、英気を養った。
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