第59話お茶会

 シオンと呼ばれた『少年』をよく見てみた。なるほど確かにわずかにではあるが丸みを帯びた体である。声もよく聞けばハスキーボイスではあるが男性よりも高い。服装や髪型などで見間違えはしたが、目の前の『少年』が、実は『少女』である気がしてきた。


「女、なのか…?」


思わずそう呟いたのが聞こえてしまったらしい。シオンがより一層険しい目をする。


「ほらほら睨まないの。それにそんな格好で、そんな言葉遣い、そんな行動をしているから、いっつも男の子に間違えられるのよ」


 テレサがそれに気がつきシオンをたしなめる。


「いいや違うね。どうせあいつも僕の体を見て男だと思ってたんだ。これだから男って奴は。僕みたいにおっぱいがない奴は女としてさえ見ないんだ。むさいし、汚いし、臭いし、礼儀もないし、だから嫌いなんだ!」


「いやあ、別に体型とかのせいだけじゃないんだけどなぁ」


「うるさい、黙れ!」


 今にも飛びかからんとするシオンだったが、


「シオン!」


再びテレサの声を聞いてビクッとして萎縮した。どうやらテレサには頭が上がらないらしい。


「とにかくここじゃなんだし、どこかゆっくりできる場所に行きましょうか」


両手を合わせながらそう言ったテレサに、少年も従うことにした。


 3人が向かったのは、見た目からして高価な商品を提供しているとわかる喫茶店である。コーヒー一杯で安物のコーヒーの10倍以上である。その値段に目を丸くする。


「こういう店は初めてかしら?」


「ああ、コーヒーってこんなに高いものなんだな。初めて知ったよ」


「ふふ、ここのはね、紅茶から何から、みんな色んなところから厳選して選ばれたものなの。その分とっても美味しいのよ。何か食べたいものはある?さっきのお詫びになんでも頼んでいいわよ」


「えっと、それじゃあこのケーキセット、コーヒーで」


 ケーキセットでも銀貨10枚はする。自分の宿賃の1日分はある。


「じゃあ私もそれにしましょう。私は…いつものミルクティーにしようかしら。シオンはどうする?」


「僕もテレサと同じのでいいよ」


 テレサが手早くウェイターに注文を伝えると、しばらくしてケーキとコーヒーが運ばれてきた。恐る恐るそれぞれを一口ずつ口に入れる。それは今までにないほどに美味しかった。さすがは銀貨10枚分の価値はある。すると横からテレサが改めて話しかけてきた。


「それでは、まずは自己紹介ね。私の名前はテレジアって言います。テレサでいいわ。この子はシオン、気軽にシオンって呼んであげてね」


「わかった」


「呼んだらぶん殴る!」


 今にも噛みつきそうな顔で警戒してくる。


「もう、ごめんなさいね、この子あまり殿方に慣れていなくって。お話しするのが苦手なの」


 彼から見ると、どう見てもシオンは男に慣れているというのではなく、テレサに近寄ろうとする男全員に敵意を向けているだけなのだが当の本人にはそうは写っていないらしい。


「それで、あなたのお名前はなんて言うのかしら?」


「ああ、ジンだ。よろしく」


 赤茶色の髪と目をした少年は彼女たちにジンと名乗る。


「よろしくね、ジンくん」


 微笑むテレサとは対照的に、シオンはジンの名前を聞いて訝しげな目で彼を睨んできた。


「な、なんだよ?」


「…ふん!」


 そう言ってシオンは思いっきりそっぽを向いた。その態度にさすがのジンもイラついた。シオンが少女でなければ思わず殴っていただろう。その気持ちを抑えるように一つ大きく深呼吸した。


「と、ところで、ジンくんってもしかしてエイジエンの出身なの?」


 その空気を読んだテレサは慌てて話をそらす。


「え?」


「だって、ジンってここらじゃ聞かない名前だもの。東方の、確かエイジエンに、そういう感じの名前の人が多いって聞いたことがあるの」


 エイジエンとはジンたちが現在いるアルケニア大陸のさらに東方、海を越えたところに存在する島国である。大陸とエイジエンの間にある海は常に波が荒いため、まともに交流することもままならない。そのためエイジエンについては、ごく稀に大陸にたどり着いた者から伝えられる話のみで、その全貌は謎のままであるという。


「いや、違うよ。ただ俺の親はそうだったかもしれないけど」


「なんだ、残念。もしそうだったらよかったのに。ね、シオン?」


 そこでテレサがシオンに話を振る。


「別にいいことなんかじゃないよ」


「ん?どういうことだ?」


「この子のお母様はね、エイジエンの出身なの。でもシオンが小っちゃい頃に死んじゃったから、もし可能だったら何かエイジエンの話でもして欲しかったんだけど…あ、それじゃあジンくんのご両親はどうかしら!もしかしたら、シオンのお母様と一緒にエイジエンから来たんじゃない!?」


 はしたなくパンと手をテーブルに置いて、鼻息も荒く前のめりでジンに向かってくる。その顔が近づき、気恥ずかしくて思わず下を向いた視線が、豊満な彼女の胸をとらえた。おそらくマリアと同じぐらいはあるように思える。その破壊力のある二つの物体を見てジンはクラクラする。


「えっ、あ、う…」


 目が動かせず言葉も出なくなったところで、その顔に鋭い視線を向けている存在に気がつき、緩んだ顔を引き締めた。


「テレサ落ち着いて、近いって!」


 その言葉を聞いて自分の態勢に気がついたテレサは顔を赤らめた。


「あ、私ったらごめんなさい、はしたないところを見せてしまって…」


 恥ずかしがっている顔も可愛くてジンは再び言葉が出てこなくなった。


「あー、うん、その、えっと大丈夫、大丈夫。き、気にしてないから。それに悪いけど、俺の両親は、俺が小さい頃に死んじまって、実際のところよくわからないんだ」


「ご、ごめんなさい」


「いやいいよ、本当に小さい頃だからどっちの記憶もほとんどないしね」


 だがそれを聞いてもテレサはひどく申し訳なさそうにしていた。3人の間に気まずい沈黙が流れる。ジンがその雰囲気に耐えられず口を開きかけたところで、同じように感じていたのかテレサも口を開いた。


「えっと、それで…ジンくんってもしかしてファレス騎士学校の生徒なの?それとも受験生?確か3日後に入学試験よね?」


「え?なんでそう思ったんだ?」


「だって、あんな動き普通の人にはできないし、それに短剣だって腰に差してるし」


「ああ、なるほど。俺は学生じゃなくて入学試験を受けにきたんだ」


「げっ!」


「へぇ、じゃあシオンと一緒ね。この子も今年受験するのよ」


 テレサはぱあっと明るい顔をして両手を叩く。彼女の整った容貌が一層際立ち、思わずジンは見惚れるが、その横で渋い顔をしていたシオンの目が怪しい色を孕んだことに気がつき、意識を話に戻した。どうやら彼女の言うことが本当ならシオンは彼と同い年だと言うことだ。


「シオンはちっちゃい頃からとっても真面目な子でね。法術だって習ったらすぐ練習してたし、剣術だってすごくてね、今じゃそこいらの騎士団員じゃ勝てないぐらいなの。それに…」


 急に始まったシオンの昔話に口を挟もうとするが、ジンが何かを言おうとするたびに先を制されて、黙らされてしまう。横目にちらりとシオンを見ると羞恥からか、耳まで真っ赤になってプルプルと震えながら下を見つめている。そう言う表情は凛としていた彼女と違って、年相応で可愛らしい。


 適当に相槌を打ち続けていると、いつの間にか一時間以上テレサはシオンの自慢話をしていた。


「…だからシオンはすごく可愛いの!」


 テレサは喉が渇いたのかようやくそこですっかり冷めてしまったお茶を口に含んだ。その隙にジンは逃げることに決めた。


「ごめん、ちょっと用事があるんでそろそろ行かせてもらってもいいか?」


「あ!ご、ごめんなさい、私ばっかり話しちゃって」


「ああ、いや大丈夫。シオンがどんだけすごくて、可愛いかよくわかったから」


 そう言ってジンが意地悪くシオンに目を向ける。一時間も赤裸々に彼女の秘密などを暴露され続けたため、目には涙を蓄え、ジンの言葉を聞いて一層泣きそうな表情をする。だがテレサはジンの言葉を聞いて大喜びしているため、シオンのそんな気持ちには全く気づいていないようだった。


「それじゃあ俺はこれで、ごちそうさまでした」


「いえいえ、こっちも助けようとしてくれたのにごめんなさいね。ほらシオンもちゃんと謝りなさい」


「…ふん!」


「こら!」


 シオンの態度にテレサが叱ろうとする。


「まあいいよ。それよりお互い受験頑張ろうぜ」


 そう言ってジンが手を差し出す。


「ふん!」


 だがシオンはその手をはたき落した。


「僕はお前が嫌いだ!」


 その言葉にテレサとジンは唖然とする。その様を見てシオンは勝ち誇ったような表情を浮かべてその場から逃走した。その見事な逃げっぷりに思わず二人で笑ってしまった。


「ええっと、それじゃあ今日はありがとう」


「えっ、ええ、受験頑張ってね!」


「ああ」


 そうして二人は別れた。遠くから感じる殺気の籠った視線を背中に感じ、苦笑しながらジンは歩き始めた。

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