第4章:学園編

第58話オリジンにて

 帝都の城門の前に15歳くらいの一人の少年がいた。顔にはまだあどけなさが残ってはいるが170センチ半ばの身長と、細身ながらもしっかりと引き締まった筋肉が衣服の上からも伺える。そのためか顔と体型がどこかちぐはぐだった。赤茶色の髪と同じ色の瞳の特徴を持つ彼は現在、検問で捕まっていた。


「荷物の中身は…ファレス騎士養成学校の受験票に、二本の短剣と、長剣が一本、それと食いかけのパンに、水と衣類が少々か。それに《暴きの水晶》にも反応はないと」


「ね?何も怪しいとこはないですよね。もう入っても大丈夫ですか?」


「ふむ、いいだろう。悪いな坊主。最近この街の治安が悪くなっててよ。物騒な事件が多いんだよ」


「なにかあったんですか?」


「少し前から行方不明者が増えていてな。ここ半年でかれこれ30人以上は消えちまったらしい」


「スラムは調べたんですか?行方不明者って結構そこにいたりするでしょう?」


「ああ、調べたらしいんだけど誰も見つからなかったってよ。ってそろそろ後ろがつっかえてるから、さっさと行きな。この街にいりゃあ、いやでもその話は聞くことになるだろうしな」


 しっしっ、と手でさっさと行くように少年を促した。それを見て少年は検問を抜けようとしたところで立ち止まった。


「あ、そうだ。すいません、この辺りで安くて美味しい料理の店と宿屋ってありませんか?なにぶんオリジンに来たのは初めてで、知り合いもいなくて」


「そうだなぁ、安くて飯がうまい店に宿屋か、それなら『歌う林檎亭』って店だな。この門からでてまっすぐ行って武器屋んところを右に曲がってしばらく歩いたところにあるから簡単に見つかると思うぜ。りんごが目と口を開けて歌っているみたいな絵が描かれた看板がぶら下がっててよ。気持ち悪いから一発でわかるはずだ。そこは宿も提供しているから、行ってみな。バルドの紹介って言えば少し安くしてくれると思うぜ」


「ありがとうございます。『歌う林檎亭』ですね、行ってみます」


「おう、受かるといいな。がんばれよ坊主」


「はい!」


 検問から出て言われた通りに向かうと、すぐに不気味な看板のかかった店を発見することができた。ドアを開けると、チリンという鈴の音がした。まっすぐカウンターに進むと、奥からエプロンをつけた、恰幅のいい女性が出て来た。


「いらっしゃい、食事かい?それとも宿?」


「宿でお願いします。バルドさんの紹介できたんですけど、一番安い部屋って空いてますか」


「なんだ、バルドの紹介かい。するってえとあんたはこの街に来たばかりってことかい?」


「はい。騎士養成学校を受けようと思って、東のメイスっていう町から来ました」


「メイスねぇ、聞いたことないな。それで一番安い部屋だっけ、空いてるよ」


「いくらぐらいでしょうか?」


「そうだねぇ、バルドの紹介だと、一泊朝食と晩飯込みで銀貨10枚、一週間だと通商銀貨60枚、一ヶ月だと金貨1枚と銀貨20枚。風呂はないけど、必要なら声をかけてくれればお湯を沸かすよ。こいつは銅貨1枚だね。昼飯は言ってくれりゃあ用意するよ」


 ちなみに銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚である。通常の兵士の一ヶ月の給料は金貨5枚であることからかなりの破格である。


「それじゃあ、とりあえず一週間分お願いします」


そう言ってジンは女性に銀貨60枚を渡した。


「はい、確かに。部屋は201号室で、二階に上がってすぐ左の部屋だよ。それと一応鍵は閉められるけど、貴重品は自分でしっかり持っとくんだよ」



 その言葉に従って2階に上がるとすぐに部屋を見つけたので早速荷物を置くことにした。その部屋は、質素な作りだった。硬めのベッドに、少し古いテーブル。小さな箪笥が一つ。だがここ数日野宿をしてきたことを考えるとありがたかった。


 荷物をベッドに置くとすぐに腹の虫がなった。昨日からあまり食べていなかったのだ。そこで街に出て何か食べることにした。先ほどの女将の言葉を信じて念のため武器は所持していくことに決めた。ただ長剣はかさばるため、また価値が短剣よりも低いため、短剣のみを持っていくことにした。その二本をベルトに差し込む。そして意気揚々と部屋を出て行った。


 街をぶらつきながら、様子を眺める。想像以上の人の多さに辟易しながらも、それでも久しぶりに訪れた街は懐かしかった。 


 人混みの中を進みつつ、屋台が立ち並ぶ通りを歩きながら、適当に買った串焼きを頰張っていると、どこかから小さな悲鳴が聞こえた。周囲の人々もそれに気がついたようで、声が聞こえた路地の前に行くと人だかりができていた。その光景に好奇心をかられ、とりあえず様子を見にいく。


「何があったんですか?」


 手近にいた恰幅のいい男性に尋ねてみる。


「ん?ああ、なんか若い女の子たちがやばい奴らに追いかけられてこの奥に行っちまったみたいでよ」


「えっ?それじゃあ助けないと!」


「よせって、そいつらはこの辺りでも有名なスラムのゴロツキどもだって話だ。奴らに目をつけられたら最後、骨まで残らねえっていう噂だぜ」


「骨までって…」


「だから坊主も悪いこと言わねえから、憲兵が来るまで待ってな。多分もう少ししたら来るからよ」


 そんなことを話していると再び女性の声が、今度は悲鳴というより、叫び声が聞こえた。どうやら反抗を試みているらしい。


「ごめんなさい、やっぱり俺行きます!」


「あ!ちょっ、待てよ坊主!」


 男性が手を伸ばして止めようとするも少年は観衆の上を飛び越える。そしてそのまま路地の奥へとかけて行った。


「まったくどうなっても知んねえぞ…」


 少年の行動を見て多くの人が喝采をあげるなか、恰幅のいい男性は一人、ぼそりと呟いた。


 奥から聞こえてきた声を頼りに、足早にその現場に向かうと、そこには壁際に追い詰められた、淡いピンク色の、腰まで届く長い髪の150センチぐらいの気弱そうな垂れ目をした可愛らしい巨乳の少女と、筋骨隆々で禿頭の男とひょろ長く不健康そうな男の二人がいた。そしてよくみると彼らの前には、その少女をかばうようにして、少し日に焼けた、その少女よりも背丈の高い160センチくらいのツリ目気味で中性的な容姿の勝気そうな短い銀髪の少年が立っていた。


 少女たちの身なりは整っており、少女はピンクのワンピース、少年はキャスケット帽を目深にかぶり、白シャツに黒のハーフパンツを履いていた。そこから彼らが裕福な家庭に暮らしていることが見て取れた。おそらくその身なりからガラの悪い連中に絡まれたのだろう。


「クソが!もう許さねえ。ぶっ殺してやる!」


 激情に駆られているのか、頭の天辺まで真っ赤になった禿頭の男が、両腕を前に突き出す。同様にその横にいたひょろ長の男の体を水色の光が包み込んだ。よく見ると彼らの足元には5人の男たちが転がっていた。察するに銀髪の少年が男たちを倒したのだろう。


 さっと状況を確認すると法術で争われた形跡もない。その少年は無手であることから、おそらく体術のみで5人の屈強そうな男たちを倒したのだろう。それに気づき感心すると同時に、残りの二人の男たちが術を発動しようとしたので助けに入ろうと近づいた。


 しかし次の瞬間に、轟音とともに男の一人が彼に向かって吹き飛んできた。


「うぉっ!」


 慌てて避けると、男はそのまま吹き飛んでいった。彼がそれを眺めてから、少女たちに目を向けると、今まさにもう一人の男も吹き飛ばされようとしていた。


 再び吹き飛ばされてきた男を冷静に躱したところで少女たちが彼に気がついた。


「なんだ、まだあいつらの仲間がいたのか!お前も今すぐこいつらみたいに吹っ飛ばしてやる!」


 興奮状態にあるためか、まともに判断できていないらしい。その少年の後ろで少女が何か呼びかけているようだったが、少年の耳には入っていないことが見て取れた。


 そして少年が飛びかかって来た。なかなかに素早く、拳を突き出す少年だが、あいにく彼の父親兼師匠ほどではない。8年間もの間、彼にしごかれて来た身としては大した脅威ではなかった。銀髪の少年の攻撃を躱し、あるいはいなしていく。


「お、おい、落ち着けって!俺はあいつらの仲間じゃないし、あんたらに危害を加えるつもりもない!」


そう言いながら鋭い蹴りを躱す。


「うるさい!悪い奴はみんなそう言うんだ、テレサには手を出させないぞ!」


 一向に耳を貸そうとしない少年の攻撃を避け続けていると、しびれを切らしたのか少年が手を前に突き出す。


「くそ、これでもくらえ『風弾』!」


 そして風の塊が飛んでくる。それを見て咄嗟に足に闘気を練り上げて跳躍する。ものすごいスピードで一瞬にして消えたその光景に銀髪の少年が目を見張る。


「シオン!」


 ピンク髪の少女が少年に呼びかける。


「どこに行った!」


 それに気がつかず、銀髪の少年は辺りを見回す。だがどこにもその姿が見えなかった。


「少しは俺の話を聞いてくれよ」


建物の上から声をかける。


「そんなところにいたのか、今度こそくらえ!」


シオンと呼ばれた少年が再び『風弾』を飛ばそうとしたが、少年の後ろにいた少女が大きく呼びかけた。


「シオン、ちょっと待って!あの人の話を聞いてみようよ!」


 シオンは頭に血が登っているために冷静な判断ができていなかった。だがようやく彼女の声に気がついたらしい。どのような状況になるのか建物の上から眺め続ける。


「なんで!」


「あの人今何かしようと思えば、シオンを攻撃することができたはずだよ。それなのに何もして来なかったんだから。きっとさっきの人たちとは関係ないんだよ」


「それが罠かもしれないだろ!テレサは黙ってて!」


「シオン!」


テレサと呼ばれた少女が見た目に反して大きな声を出す。ビクっと震えて、突き出した手を下ろした。


「ご、ごめん…」


テレサがため息をつくと、建物の上に目を向けてきた。


「ごめんなさいね。この子、根は悪い子じゃないんだけど、一度思い込んだら、なかなか頑固で…もしよかったら、降りて来ていただけるかしら」


 そう言って来たので、彼は建物から飛び降りた。シオンは未だ警戒態勢をとっており、何かあれば襲いかかる意思がありありと見える、獣のような目で睨んでいた。それに気づいたテレサが軽くシオンの頭をげんこつで殴る。


「痛っ!」


シオンが涙目になりながらテレサに目を向ける。


「まったくあなたって娘はいっつもそうなんだから。せっかく可愛いのにそんなんじゃ、男の子にモテないわよ」


「べ、別にいいよ。僕、男なんて嫌いだし。すぐにテレサにちょっかい出すんだもん。僕はテレサがいればそれでいいもん」


それを聞いてテレサが深いため息をついた。

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