第8話王国の使徒たち

 現在、王国騎士団の副団長であるスコットは王城にある円卓の置かれた部屋に召喚され、ことの概要について報告していた。部屋の中にはスコットを含め7人の男女がいた。

「そうですか〜。ご苦労様でした、スコット」


 30歳ほどのグラマラスな女性がのんびりと艶のある声で喋る。白いヴェールで顔を半分隠し、同じく真っ白な司祭服を、胸を強調するように着崩している。ヴェールの下からは金色の、腰までウェーブヘアが伸びている。この国の使徒であり、巫女であるナディア・シュラインだ。使徒に目覚めるまでは娼婦であったらしく、未だに男性を挑発するような格好をしている。彼女曰く、彼女を見てくる目で相手の人となりを判断しているそうである。そうして気に入ったものだけを自分の下僕として迎え入れるのだ。その様を見て、スコットにはどうしても彼女が巫女ではなく、悪女としか思えない。


「はっ、ありがとうございます」


「まさか本当に魔人が誕生していたとはな。しかも光法術が扱える。人を喰って厄介なことになる前に死んだというのは幸運だったな。しかしそれを誰かが殺したのだろう?もしかするとこの国で6人目の使徒が現れたのかもしれないな」


 そう言って鋭い眼光をスコットに向けてきたのが、この国の使徒の1人であり、彼の上司である、王国騎士団長のアレキウス・ビルストである。40歳ほどの日に焼けた色黒の獣のような風貌の男で、真紅の短く刈り揃えられた髪とどう猛な目の奥にある瞳は、髪と同じ真紅の輝きを放っている。傷ひとつない銀色の鎧の胸部中央には王国の紋章が刻まれている。肩から床まで伸びる真っ赤なマントが彼の獣性を表しているように思える。彼の赤い髪によく似合っている。


「その可能性はありますが、現状まだ詳しいことはわかっていません」

「ならさっさと調べろ。もしかしたらそいつが力に酔って何かしでかすかもしれんだろう」

 獣のような野太い声で威圧してくる。


「まあまあ。まったく、アレクさんはいつもせっかちなんだから。もう少し心にゆとりってものをだね」


 濃緑色の、肩まであるカールヘアに法術師団の制服である法衣を豪快に改造して、もはや法術師団長に見えない使徒、ウィリアム・ハントである。国でも稀な光と闇法術の2属性を操るとされている。20代半ばぐらいの男で、優れた容姿ではあるが、軽薄そうな表情をその優れた要望に浮かべ、常に女子を侍らしている彼だが、さすがに今は1人である。噂によると、手をつけた女性は貴族、平民を問わず、軽く三桁はいくという。彼がアレキウスに軽い声で話しかける。


「スコット君はよくやってくれていると思うよ? 実際この事件では騒ぎが拡大しすぎないように、いろいろ手を回していたみたいだし、スラムまで自ら行って情報を集めてきてくれたしね。そう思うよねサリカちゃん」


「む……」


 彼の隣には鮮やかな水色の腰まであるストレートヘアをポニーテールにしている歳若い女性、サリカ・ネロが目を瞑って座っていた。アレキウスと同じ銀色の鎧ではあるがこちらには女性らしさを感じられるように様々な花のような意匠が施されている。また彼女の髪に合うように黒いマントを羽織っている。


「あれ? もしかしてサリカちゃん今寝てた?」


「い、いや、寝ていないぞ」


「でも口元に涎が垂れているよ?」


「っ!」


慌てて口元を拭おうとするサリカを見てその場にいるものたちが笑い声をあげる。


「冗談だよ、冗談。やっぱり寝ていたんじゃないか」


 それを聞いたサリカが顔を真っ赤にする。使徒の中で最年少であり、先日18歳になったばかりである。まだ若く、経験の浅い彼女は、名目上では近衛騎士団長だが、基本的には副団長に全ての仕事を任せている。そんな彼女をウィリアムはことあるごとにからかって遊ぶのだ。この国において使徒は絶対的な存在であり、発見された際は必ず国王に簡単に謁見できるように、要職につけられる。サリカがこの歳にして近衛騎士団長になったのはそのためである。しかし如何せんまだ若いがすでに2体ほど魔人を討伐した経験のある彼女には、この話の重要度はあまり理解できていなかったのだ。気がつけば眠ってしまっていた。


「それぐらいにしておけ」


 その一言で一瞬にして空気が引き締まる。声を発したのは他のものよりひときわ豪奢な椅子に座り、足を組み肘掛に右ひじを置いて頬杖をついている銀色の短く刈り揃えられた髪と、切れ長の目の奥に光る、濃緑色の瞳が印象的な男である。彼こそがキール神聖王国第17代国王にして炎王と恐れられるキール神聖王国最強の使徒、イース・フィリアン・キール王である。


 一見するとアレキウスよりも弱そうに見えるほどに、細身であり背も170センチ半ばぐらいである。争いに向かなそうな落ち着いた雰囲気とは裏腹に、牙をむいたものに対してはどこまでも冷酷になり、劫火を持って消し去るその姿はまさに、国民の畏怖と、敬意を一身に受けている。実際スコットも彼を尊敬しているうちの1人だ。


「してスコットよ。今後はどうするつもりだ?」


「はっ。まず周辺住民から情報を集めました。そして2人の怪しい人影が出火したのと同時刻に、何かを背負ってスラムから走り去ったということでした。状況から推察するに、恐らくどこかの国、あるいは機関に連れ去られたのではないかと。そこですでに複数の部隊で、この二人組の捜索を始めております」


「ふむ、何かその二人組の特徴はないのか?」


「いえ、まだ身長程度しかわかっておりません」


「そうか、ではナディア」


「は〜い」


「急ぎ瞑想を開始しろ。フィリア様にお伺いを立てるのだ。新たな使徒が他国に奪われては、現在の国のパワーバランスが崩れる可能性がある。最悪帝国に渡ってしまえば、この国は甚大な被害を被るだろう」


「了解〜。それで尋ねるのは使徒のことと、二人組についてでぇいいですか〜?」


「ああ、任せたぞ。それから、グルード」


「はい」


「新しく誕生したかもしれない使徒への対応と、今回の件で起こり得る各国との関係の変化について可能性として考えられるものを明日までに提出しろ」


「了解致しました」


 痩せぎすで、眼鏡をかけたグルードと呼ばれた男は、この国の宰相を務める、グルード・フィル・ルグレ侯爵である。文官としての能力の高さを買われ、宰相となった男だ。


「任せたぞ。では他に何か話すべきこと、報告すべきことはあるか?」


「いえ、特にはございません」


周囲の様子をさっと確認して、グルードが皆を代表してそう告げる。


「では、これにて会議は終了とする。それでは各々自分の仕事に戻れ」


そう言ってイース王は立ち上がると、スタスタとさって行って。


「それでは、早速私は、捜索に加わらせていただきます。失礼しました」


「頑張ってね〜」


 軽薄そうな声をかけてくる、ウィリアムを背にスコットはその部屋から退出する。そして騎士団の兵舎にある自室へと向かって行った。


 しばらくしてウィリアムはこの2人組みが南門を抜けて南に向かったという情報を掴みあたりを捜索したが、めぼしい成果は上げられなかった。

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