第9話神話の真実
『……てる?』
ザザザザザ……
遠くから誰かの声がする。だがノイズが混じっているので、ジンにはうまく聞こえない。
『お……き……えてる?』
ザザザ……
しかしだんだんその声が近づき、はっきりと聞こえてくる。ノイズが徐々に消えていく。
『お〜い。聞こえてる?』
ようやく何を言っているかわかった。だがジンは答える気にならない。何よりも体がだるいので、静かに休みたかった。
『あれ、おかしいな。お〜い、聞こえてる? ねぇ、聞こえてる? ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ』
声は狂ったようにねぇねぇ声をかけてくる。それでも無視していると、
『おい、シスコン』
と聞こえてきたので、さすがに起きた。
「いい加減にしろよ! 誰だ!? どこにいる!?」
目を開けるとそこには、何もない真っ白な空間が広がっていた。
『も〜、起きてるならさっさと返事しなよ。それが礼儀ってものだろ』
どこからか軽薄そうな声が聞こえてくる。ジンはそれを不気味に思い、強くなるが、精一杯強がって叫ぶ。
「顔も見せない奴に、払う礼儀なんてない!」
すると、
『おっと、こいつは失礼、何分君みたいな子供を相手にするのは久しぶりなもんで、からかっちゃった笑』
どこまでも失礼な奴である。ジンが切れそうになった瞬間目の前の空間が歪み、突如10歳ぐらいの少年が現れた。
『ども、皆さんに全く知られてない神様ラグナ様で〜す』
黒い髪に黒い瞳、そして男か女かわからない中性的な、人とは思えない魔的な美しさを持つ存在がそこにいた。
突然の登場に加え、自分のことを神と称する少年に混乱する。
「誰だお前?」
『やっぱり知らないよね〜。がっくり。全く神話にも父さんや叔母さんだけじゃなく、もっと僕の出番が欲しいよね。どう思う、ジンくん?』
道化じみた言動と仕草にジンは反射的に『知るか』と思ったが、それよりも確認すべきことがあった。
「なんで俺の名前を知っている? それに父さんや叔母さんって誰のことだ?」
『そりゃ、知ってるよ。君は僕が造ったからね。それにこの世界で神様の親といえば、オルフェとフィリアに決まってるじゃん。そんで、僕はオルフェ父さんに創られて、その力の殆どを貰った、新しい神様です!』
「俺を造った? それにオルフェの子供?」
『そうだよ〜。びっくりしたでしょ?』
「いったいどういうことだ!?」
ジンの声が自然と大きくなる。目の前の少年が何を言っているのかわからない。
『まあ詳しい話をする前に聞きたいことがあるんだけど、いいかな? 君って、ここで目覚める前のことをどこまで覚えてる?』
ラグナの声が急に真剣なものに変わる。
「どこまでって、俺は……えっと……」
必死に思い出そうとすると、ジンの脳裏に真っ赤な部屋と綺麗な翼を背に生やし、狂ったようにその中で笑っているナギの顔が浮かんできた
「あ、ぁ、ねえ、ちゃんがザックたちを料理してた……」
『うん。それから?』
「それから……」
自分の手に鈍い感触が浮かび上がる。
「ちがう、ちがうちがうちがうちがう、あれは夢だ! 本当じゃない! おれが姉ちゃんを殺すわけない……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!」
姉の最後の笑顔を思い出す。ふと『姉ちゃん最後に何言ってたんだろう?』と思い、姉を殺したことを自覚している自分に気づく。それを振り払うかのように嫌だ嫌だと頭を抱えて左右に振る。
『ジンくん、現実を見なよ。君が見たもの、思い出したものは全て実際にあったことだ。君の友人も、お姉さんも、もういない。』
一緒に悲しむかのような表情で、ラグナはジンを見つめる。
「嘘だ! そうだ、あんたはオルフェの子供なんだろ? じゃああんただって悪いやつなんだろ? やっぱり嘘をついてるんだ!」
『確かに君たちの世界では、父は悪神だって言われてるみたいだね。確かに父さんは、君たちの世界で大罪を犯した』
「じゃあ、やっぱり……」
『でもねジン、その罪は君たちの世界にある呪いのことじゃないんだ。もっと始まりの、君たちの世界が出来たことが、彼にとっての罪なんだよ。うーん、ちがうな。叔母さん、フィリアにその力を貸したことが、それこそが父さんの罪だったんだ』
「意味がわからないよ。何を言ってるんだお前。オルフェが全部の原因なんだろ!」
『ちがうよ。そうだな、少し昔話をしようか。この世界には魔界と人界があるよね。そして君たちの世界の神話では魔界が後から出来たことになってたよね?』
「ああ」
『でもその前提からしてちがうんだ。最初に出来たのは魔界の方なんだ。正式名称はエデンって言うんだけどね。そしてそこでは君たちと姿のちがう人間、獣人やエルフ、ドワーフといった種族が誕生したんだ。君も話には聞いたことがあるんじゃないかな。特に獣人やエルフは少数だけど人間界で奴隷として扱われてるし』
社会的な知識をほとんど知らないジンでも獣人やエルフという言葉は聞いたことがあった。そして彼らの多くが奴隷であるということも。
ラグナは続ける。
『神話にあるように二人はまずこの世界を創った。フィリアは大陸を、父さんは生物を。そしてそこを平和に管理していた。でもある日フィリアが自分も新しい人を創ってみたいと言った。父さんは自分の力が非常に危険なものであることを十分理解していた。命を創るということは、それだけで自然の摂理に干渉するってことだからね。でも最終的に父さんは能力を交換する形で納得して、フィリアに渡してしまった。彼女のうちにある狂気に気づかないままに』
ジンは口を開けずに、ただラグナの言葉に耳を傾ける。
『彼女にとって、彼女たちが創った最初の世界は退屈だった。平和な性格を持った人々、生き物にとって楽園のような環境。そこには彼女の求めるものはなかった。だから彼女は創ったんだ。彼女の退屈を満足させてくれるおもちゃを。父さんの手を借りて人界を創った時、彼女は初めのうちはおとなしくしていた。その平和な光景に満足した父さんが先に天界に帰ると、彼女はこっそりと数人の人間の心に、強い欲望を埋め込んだ。そしてそれは一気に人々に伝わり、世界に争いがあふれた』
『それを見て彼女はとても気分が良かった。刺激的な世界、絶望に、悲劇に、喜劇に、英雄譚に満ち溢れた世界。それは彼女にとって、とても甘美なものだった。だけどそれだけじゃ足りない。それだけじゃすぐに飽きてしまう。だから彼女は新しい遊びを考えた。そして考え付いたのが魔物の呪い。それから新たな生命、魔獣を誕生させた。そして法術を人間に付与した。そのあたりは君も知る通り、悪神と善神の役割が違うだけで神話と同じさ。だから説明はしないよ』
なおも話は続く。
『それをすることによって、世界にはたくさんの悲劇が満ちた。戦で命を失うのを嘆くだけではなく、最愛の人に殺されること、殺すこと、法術を使ってさらに白熱する新たな戦争。全部が彼女にとって魅力的だった。でもまだ足りない。もっと欲しい。何が足りないんだろう。何をすれば満足するんだろう。そう考え、そして気づいた。
【そうだ、じぶんもさんかすればいいんだ。】
ってね。結果新たに二つのおもちゃが生まれた。それが使徒。自分の使徒を使うことで、世界の流れを自分でコントロールし、魔人を創ってオルフェの使徒と名付け、それを人界で暴れ回らせた。もちろん双方に、自分はフィリアだ、オルフェだって偽ってね。彼らを殺しあわせて、その英雄譚に浸ることもあった。まあ結末は必ず魔人が負けるんだけどね。だって魔人が勝っちゃうと彼女の世界が滅びちゃうし。本当にとんだ茶番だよね』
『まあそれは置いといて、魔界、ううん、天界からエデンを眺めてゆっくりしていた父さんが異変に気付いたのはこの頃だった。人界の人間が自分に向けてくる感情のほとんどが憎しみだったからね。だからどういうことかをフィリアに聞きに行って、真実を知った。でもフィリアは父さんがエデンから離れる時を待っていたんだ。すぐに父さんを結界に閉じ込めて、自分の創り上げたおもちゃ達をエデンに侵攻させた。そこからはもう地獄だった。平和的に発展し、穏やかに繁栄した文明は、戦争で鍛えられ、多くの兵器を保持する野蛮な文明に破壊された。森は焼かれ、毒を撒かれ、亜人は奴隷として連れて行かれ、彼らは滅びに向かっていった』
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