第3話

 水の中にいる。

「あっははは」

 分かってしまった。

 何もかも。

「そういうことね。ああはい。分かりました分かりました」

 全身から、力が抜けた。

 二年も前のことだったのに、いま、鮮明に思い出せる。

 予知夢だった。

 だから、水の中。

 二年前、水の中にいる夢を見た。

 そのあと、連れられるまま仮眠室に行った。そのまますきな人を軽く押し倒し、やさしく関係を迫った。夜勤だからという理由で断られたが、相手方もわたしのことがすきだったらしく、お付き合いを前提とするおともだちになった。

 そして、関係を持たないまま、それとなく付き合いだして、結婚するところまで。

 新婚旅行ではなく婚前旅行で外国に来ている。相手方が二年前に関係を断ったお詫びと称して、南国の豪華なホテルを予約した。そこで、なんと初夜をしてくれるらしい。

 彼は、飛行機が怖すぎて一睡もできず、ホテルで仮眠。

 私は、自由時間。

 ホテルの周りで観光しているとき、洪水が起こって私は巻き込まれた。

「惜しかったなぁ」

 夜まで生き残ったら、彼と一緒になれたのに。きれいなまましんじゃった。

 不思議と、かなしくはなかった。

 すきな人と両想いで、関係は持てなかったけど一緒に時間を過ごせた。

 悪くない人生だった。

 目の前。

 どこまでも続く青。

 手。

 自分の手。

 見覚えがあった。

「あっ」

 あのときの手。

 二年前の夢に出てきた、手。

「自分の手だったんだ」

 ということは。

 目の前。

 二年前の私が、水の中にいた。

「わたしっ」

 二年前の私。

 手を、伸ばした。

 せいいっぱい。

 伸ばす。

 私が、私の手を握った。

 水流。

 渦巻く。

 走馬燈が終わり、私はしぬんだろう。

 その前に、二年前の私に伝えておかないといけないことがある。

 これをなんとか伝えることができれば。

 これだけは。

 これだけは言っておかないと。

「おねがい」

 がんばった。

「なんとかして、告白しなさい」

 聴こえているかどうか、わからない。

 それでも、みずのなかで、せいいっぱい叫んだ。

「すきな人と一緒に過ごせる時間は、どんな美味しいものよりも尊いから」

 溺れそうになる。

 呼吸が苦しくなる。

「たとえそのせいで洪水に巻き込まれてしんでも、後悔しないぐらいの人生を送れるから」

 もう、声になっているかどうかすら、わからない。

「きれいなまましんでしまっても、それでも、それでも」

 ちょっとだけでもいい。届いてほしい。声。

「勇気を出して告白するの。がんばりなさいわたし」

 水。

 意識が、あるのかどうかすら、曖昧になった。

 消える。

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