第47話 その祝福に異議あり
「異議があると?」
それまで黙って聞いていた枢機卿猊下が、手を挙げた司祭が席から立ち上がって発言する。
「はい猊下。私はその記録において、シャーロット・オーリック嬢から幼い頃に負った心の傷について指摘を受け、彼女の力でその傷が緩和されたことになっております。ですが」
その司祭は一拍置くように息を吸って続けた。
「私にはその心の傷が、無かったはずのものだったのです」
シャーロットが驚いたように、その司祭を振り返る。その顔は「そんな、まさか」と言いたげだった。信じられない事態なのだろう。
自分の祝福について誰にも見破られたことがないに違いない。
「無かったはず……というのは?」
猊下ではなく、聞いていた他の司祭がそう問いかける。
冷静な様子だけど、それがセリアンの仲間だからなのか、それとも司祭達は皆そういう対応をするように心がけているからなのか、私には判断がつかない。
挙手した司祭が応じる。
「私の家には、たしかに乳母がおりました。シャーロット嬢はその乳母が私に危害を加えた事件のせいで、信頼していた人に裏切られたという思いから心を閉ざしがちになり、神の側にいる道を選んだ……と言っておりましたか。けれどその乳母に関して、私は『慕っていた人を失った』という心の傷はなかったはずなのです」
「そのお話からすると、別な心の傷はあったように思われますが……」
高齢の司祭が、白い短いひげをこすりながら言う。
「ええ。ただその乳母は本当に短期間だけで辞めて行ったのです。そしてあまりにもそっけなかったので、私も彼女に懐いたりはしていませんでした。ただ、私の家で盗みを働いた上でクビになりまして」
「ああ……」
なるほど、とうなずく高齢の司祭。
「一応心の傷になる出来事はあったわけですね」
「ええ。乳母が盗みを働いた際に、それを目撃したと勘違いされまして、怪我をさせられましたので。ただシャーロット・オーリック嬢が祝福で見通されたという私の心の傷は、私の記憶とは少々違うものだったのです」
「そ、そんな。嘘っ」
シャーロットは焦った表情でつぶやいた。けれど発言した司祭以外は沈黙していた場で、その声は大きく響く。
記録を読み上げていた司祭は、挙手をした人物に問いかけた。
「それを証明できますか?」
「私の父母がまだ生きております。その事件については、親族やその知人も聞いて覚えていたので、間違いありません。必要であれば、証言をとれるように手配をいたします」
「わかりました。では彼の例については、祝福が失敗したものとします」
「ずっと悩んでいたとおっしゃったのに……。きっと誰かが、嘘をついて騙しているんです!」
シャーロットは悲愴な表情で訴えたが、他の司祭に『静粛に』とたしなめられる。シャーロットはそれで口をつぐんだものの、さらに挙手する司祭が現れて、目を丸くした。
「私も、記載されていたものと事実が違いましたので、申告いたします」
「私もお願いします。記憶と、祝福によって見通した私の過去なるものに相違がありましたので、報告いたします」
その後も次々に手が挙がり、最終的に四人の司祭がシャーロットが言い当てたとする祝福は、いつわりだったと証言した。一人だけ挙手しなかった司祭は、おそらくシャーロットに心酔しすぎていて、セリアン達は彼に接触しなかったのだろう。
記録係の司祭は、少々困惑したような表情をしながら尋ねた。
「みなさま、当時は『間違いありません』とシャーロット嬢の見立てを肯定していたはずですが、どうして記憶や事実と違うとわかったのですか?」
それに対しては、皆、まだぬぐえない『悩み』を抱えている様子を家族に指摘され、昔のトラウマについて相談したら、違うと言われて……とのこと。
セリアンの計画が上手くいったのだろう。
ただ一人、挙手をしなかった司祭がおろおろとしながら立ち上がった。
「しかし私は違います。確かにシャーロット嬢に救われたのです」
「だが、私達の記憶にはない心の傷の思い出が急にできたのは確かですぞ。あなたも周囲の人間に、記憶を確認されてはどうですか?」
たちまち司祭達の間で、静かな言い合いが始まってしまう。
「そ、そうだセリアン殿もシャーロット嬢に救われたのでしょう?」
一人だけシャーロットを信じ続けている司祭が、セリアンに話を振った。
セリアンは肩をすくめてみせる。
「実は僕の悩みの記憶も、事実と少々違っていたことがわかりまして」
シャーロットがひっと息をのむ。
「そんな、セリアン様! リヴィア嬢に裏切られたとおっしゃっていたから、私……! きっと彼女に騙されたのですね? どうか私を信じてくださいませ! 皆様もどうか信じてください、セリアン様を裏切った貴族令嬢は狡猾な方なのです!」
……私がこの場にいないと思って、好き勝手に悪役に仕立て上げようとしているみたい。ちょっとむっとする。
それに対して、セリアンが何かを言おうとしたときだった。
「では今一度試せばいいだろう」
ずっと黙っていた猊下が言った。全員が口を閉ざし、猊下を振り向く。
「この場で、改めて祝福の検証を行えばよい。祝福によってそこの二人の悩みを見通し、その辛さを和らげることができたなら、祝福はまことのものと認定されるのだから」
猊下は私と、隣にいた修道女を呼んだ。私と修道女はゆっくりとシャーロットの側に歩み寄ろうとしたのだけど。
「あの……」
シャーロットが困ったような表情で猊下に告げた。
「申し訳ありません、私、女性には祝福が使えないのです」
間違いなく失敗するからと、シャーロットは女性に祝福を使えないとはっきりと口にした。
言わずにいたら、祝福をかけてみた上で「できません」と言うことになってしまって、印象が悪くなると考えたのだろう。
「そうか。ならばその修道士にのみ祝福を。彼の悩みを見抜いたら、それを皆に聞こえるように教えてもらおう」
修道女が元の場所へと下がり、私だけが呼ばれた。
私が変装をしていたからだろう。シャーロットは安心した表情になる。
それもそのはず。私はなるべく顔がわからないように、前髪をやたら長く伸ばした、ちょっとぼさぼさとした黒髪のカツラを被って、肩幅も衣服の内側に布を重ねて広く見せかけていた。ぱっと見には私だとはわからないと思う。
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