第46話 そして始まる聖女についての審査

 セリアンとの密会から五日後、運命の日がやってきた。

 この国の枢機卿猊下が、聖女として認定するかを審査するのだ。

 今まで聖女候補として挙げられていたのは、あくまで司祭達の推薦によるもの。五人の司祭から推薦されてはじめて、聖女候補として列聖するべきかどうかを検討するのだという。

 だからこそ、セリアンはこの日までに準備を整え、さらには枢機卿猊下にも根回しをする必要があったわけで。


 私は先に会場となる、大聖堂の一室に入った。

 今回はヤン司祭の手を借りたわけではない。セリアンが根回ししてくれたのだ。

 なので手伝いの修道士の振りをしつつ、広間に入ることができている。

 しかもこっそり侵入したわけではない。だから堂々としていてもいいのだけど、男装をして姿をいつわっているせいか、どうも落ち着かなくて、こそこそと隅に移動した。


 そんな私にセリアンがじっと視線を向けてきていた。

 彼もこの場に同席を願って、許可を得ている。表向きには、シャーロットの願いで同席をさせてもらっていることになっているらしい。

 そして私達の計画は知らない人も多い。その知らない人の中でシャーロットに味方している人もこの場にいるので、セリアンはうかつに私と話すこともできないのだ。


 だけど言いたいことはわかる。

 ――無茶だけはしないように。

 私の案を話し、それに乗ったセリアンだったけれど、何度も口うるさく言われた。そうして注意をしておいても、まだ不安なのだろう。だから忠告を忘れないでくれと、じっとこちらを見ているのだと思う。


 私だって自分の身が可愛い。無茶はしないよと思いながら、笑みを見せる。

 するとセリアンは、目を瞬いて、なぜか照れたように視線をそらした。……どうして?


 首をかしげていると、広間の扉が大きく開かれた。

 入って来たのは、赤の上着に金の飾帯、赤の帽子を身に着けた壮年の男性――枢機卿猊下だ。

 セリアンの意見を聞き、私の同席などを許可してくださった方。


 そもそもセリアンとは親しい間柄らしい。それは彼がディオアール侯爵家の人間だからというのもある。この国でそれなりの権力を持つ立場にいるのなら、有力貴族であるディオアール侯爵家と関係がないわけがない。

 その関係で、早くから聖職者の道へ入ったセリアンに、司祭だった頃から枢機卿猊下はなにくれと配慮をしてくれていたのだとか。


 ……きっと、小さい頃からセリアンは天使みたいに可愛かったのだろうし、幼い子供の面倒を見て、相手からも慕われてとしているうちに、枢機卿猊下も親戚の子みたいに情が湧いたんだろうな。


 枢機卿猊下は広間にいた人々に、一人一人声をかけていく。

 広間にいたのは聖女の選考にかかわる司祭達が主で、十一人ほどいる。その他に助祭が三人、そして私含めた修道士と修道女が二人ずつ。そしてセリアンだ。

 だから膨大な人数を相手にするわけではないけれど、修道女にまで声をかけるのは異例のようで、女性二人が驚いていた。


 その流れで、枢機卿猊下が私の前にも立つ。

 どうしようとおどおどしていると、枢機卿猊下は微笑んだ。


「今日はよろしく頼む。その働きに期待しているよ」


 一言声をかけ、返事を待たずに広間の奥にある大きな椅子へ座ってしまった。

 すると司祭達も、広間の中心を囲むように配置された椅子に、左右に分かれて座る。セリアンはその後ろ、助祭たちと一緒の席についた。

 私や他の修道士や修道女たちは端に立って控える。


 やがて扉がノックされ、シャーロットが入って来た。

 彼女は聖女に選ばれることが当然と思っているのだろう。明るい表情だ。

 着ているドレスも大聖堂へ来るのだからと緑を選んでいたけれど、白いレースの飾りがふんだんに使われているうえ、真珠も縫い付けられた豪華な品だ。そして彼女の光の滝みたいな金の髪によく似あっているし、その美貌を引き立てている。


 シャーロットはセリアンが司祭達の後ろで座っているのを見つけると、嬉しそうに微笑んだ。

『どんなにこの日を待ち焦がれたでしょう。あなたはこれで一人になる。そして私を想い続ける地獄に落ちるの……』

 シャーロットからそんな声なき声が聞こえてきた。


 ……でも、私が聖女にはさせない。

 聖女にならなければ、セリアンを聖職者に戻すという願いも取り下げられるのだから。


 シャーロットが広間の中心で、枢機卿猊下の前で膝をつく。

 そうすると、司祭の一人が記録を読み上げはじめた。

 シャーロットの祝福を、教会関係者に使ってみせた記録らしい。

 何月何日、聖女候補シャーロット・オーリックが、助祭マルティンにその祝福を使い、心の内にある悩みを見通し、それを緩和するに至った。彼の悩みとは……というようなものだ。


 二十に及ぶ祝福の使用例を聞き、私は心の中で嘆息する。

 教会で把握しているだけで二十人。きっと他にもシャーロットによって『救われた』人はいるだろう。フェリクス達もそうだ。彼女は一体どれだけの人に、あるはずのない心理的苦痛を与えてきたんだろう。

 やがて司祭が読み上げを終えた。


「この中のうち、今ここに集う者の中で五名が聖女の祝福にて救われている、となっております。相違ある者はいますか?」


 その問いかけに、通常ならば答えはないはずだった。しかし。


「おります」


 声を上げたのは、司祭の一人だ。

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