第48話 どうも、悪役にされた令嬢ですけれど

 私はできる限り顔を見られないよう、うつむく。

 それが不自然ではないように、縮こまっておどおどとした様子でシャーロットに近づき、その前に膝をついた。

 シャーロットは男性相手ならば問題ないと思ったのだろう。顔を見られないよう、うつむいている私の肩に、ためらいなく触れた。

 やがて「見えました」と言う。


「あなたは修道士としてお勤めをし始めた頃に、同じ修道士の方達にいじめられたのですね……。あなたは心優しい方ですのに」


 心底気の毒そうに言うシャーロット。

 おどおどとした態度をしていたので、人に対して恐怖心を抱くようになったトラウマがある、と言えば問題ないと考えたのだろう。

 彼女に救われたと思い込んでいる司祭は、気の毒そうに私を見ていた。他の司祭達は、じっと観察する視線を私に向けている。


「あなたの心が少しでも軽くなりますように」


 そう言ってシャーロットが祈ろうとした。

 うん、もういいでしょう。


「……祈る必要はありません。そのような悩みはありませんので」

「え?」


 シャーロットはわけがわからないと首をかしげた。


「ほう?」


 猊下は知っているからか楽し気に反応する。

 私は立ち上がった。そして一気にカツラと一緒に帽子も取り去る。


「どうも、先ほどあなたに悪役にされた令嬢ですけれど?」

「り、リヴィア!」


 シャーロットが悲鳴のような声を上げて、私を憎々し気ににらみつけた。


「なぜあなたがいるの!? まさかセリアン様だけではなく、猊下や司祭様達に嘘をついてこの場に無理に侵入したのね!」


 彼女が怒りのまま私の腕を掴む。その瞬間、私は思わず口に笑みを浮かべてしまった。


「皆様、この人は男性の心をもてあそ……」

「なんとかリヴィアを悪役に仕立て上げて、祝福が効かなかったことを誤魔化そう……と思ったでしょう?」

「なっ!」


 司祭達が私に悪印象を抱かせようとしていたシャーロットは、驚いて言葉を止めてしまう。それが真実を言い当てられたのだと、雄弁に語ってしまう行動だということも、頭の中から消えてしまったように。


「どうして自分の心を言い当てたの、と驚いているのでしょう、シャーロット」

「……っ」


 シャーロットはもしかして、と気づいたようだ。私から手を離したので、今度は私の方から彼女の手首を掴んで、彼女の心を読み取る。


「もう少しで結婚の邪魔ができたのに」

「そんなあなた……」

「まさかリヴィアも祝福を? ……ようやく気づいたのね、シャーロット。私も祝福を持っているのよ」


 微笑む私から、シャーロットは悲鳴を上げて離れようとして足がもつれ、その場にしりもちをついた。

 その勢いで、私も彼女から手が離れ、何も聞こえなくなる。


 悔しいことに、私が『触れたら相手が強く考えたことを読み取れる』ことを教えてくれたのは、ヤン司祭だ。

 離れた状態で人の思うことが聞こえるのなら、触れたらもっとわかるようになるのでは? と言われて実験したら、それが判明したのだ。

 まぁ、そのおかげでシャーロットが祝福の内容を偽っている件について、あっさりと暴くことができたのだけど。


 シャーロットは信じられないといった目で私を見上げ、それからはっと周囲の視線に気づいた。

 シャーロットにニセの記憶を植え付けられたとわかっている司祭も、しらないまま騙されていた司祭も、じっと彼女を見ている。

 そうして猊下が宣言した。


「シャーロット・オーリックの列聖についてはなかったこととする。シャーロット・オーリックは彼女の心の傷を『見えた』と言い、あるはずのない出来事を口にした。それが偽りであることは明白。女性に祝福の力が及ばないのなら、見えるはずがないのだからな。人に無理に記憶を植え付ける祝福では、とうてい聖女とは呼べまい。それどころか……」


 シャーロットは悔し気に唇をかみしめる。

 猊下はふっと息をついて続けた。


「司祭達を騙し、あるはずのない苦痛を植え付けるなど、魔女も同然。よって破門を宣言したいが……」

「猊下、それについて案があるのですが、発言をしてもよろしいですか?」


 セリアンがそこで猊下に手を挙げてみせる。


「破門にしただけでは、ひそかにまた他の者に被害を及ぼすかもしれません。近くにいる者から順に偽りの記憶で騙し、やがては教会に対して恨みを晴らそうとするでしょう。破門をして自分を貶めた、と恨むでしょうから」

「……くっ、この悪魔ぁぁっ!」


 シャーロットは目を吊り上げ、セリアンに向かって突進しようとした。

 けれどすぐにその場に転がされ、取り押さえられる。修道女に。

 実は彼女、万が一のために待機していた人である。シャーロットがもし暴れた時、男性ではトラウマを植え付けられて行動できなくなるかもしれない。そうでなくとも、シャーロットに触れている限り、どんな心の傷を増やされるかわからないのだ。そこで、女性で武術の心得がある彼女が選ばれたのだ。


 シャーロットは床に這いつくばらされて、憎々し気にセリアンを睨んでいた。

 セリアンの方は、ちらりとシャーロットに視線を向けただけで、話し続ける。


「なので、女性だけの修道院送りを提案します。できれば、絶対に男性が中に入って入れない、そして彼女を男性に接触させない状況になるような場所で」


 セリアンの提案には誰もがうなずいた。

 私としても、いつどこで妙な心の傷を増やされたあげく、シャーロットに利用される人がいるともしれないのは怖いので、そうしてもらえたらいいと感じる。


「良いだろう。シャーロット・オーリックはこのまま修道女たちに拘束させ、オーリック伯爵家にはこの決定を伝える。伯爵家から破門にされる人間を出すよりはと、修道院行きで伯爵家も納得するだろう」


 そうして、シャーロットの処遇が決定した。

 シャーロットは絶望の表情で、猊下を見つめていた。

 そして私は、ようやく肩から力を抜き……。


「リヴィア!」


 その場に座り込んでしまったのだった。

 とにかく疲労感と眠気で、立っていられなかったのだ。たぶん、いつもと違う形で祝福の力を使ったせいだと思う。なんにせよ倒れなくてよかった。頭打ったら大惨事だもの。

 そんな私に駆け寄ったセリアンは、抱きかかえた私が気絶しているわけではないのを見て、ほっと息をついていた。

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