第43話 冷たい態度の理由

「……僕が君に、冷たい対応をしたから、それが気になってる?」

「えっと……」


 そう聞かれると言いにくい。友達としても気になっておかしくないことだけど、その、なんか気恥ずかしくて。

 女友達なら『冷たくされて寂しかった』って素直に言えるんだろうけれど。セリアンは男の人だし。それに婚約者なわけだし……。ちょっと意味が変わっちゃいそうで。

 するとなぜかセリアンは、私の肩に触れた。


「あれは、シャーロットのいる部屋が、大聖堂の入り口を見下ろせる場所にあったからだよ。君と仲良く話している姿を見られるわけにはいかなかった」

「そ、そうなの? 今日も、その、シャーロットは庭が見える部屋にでもいるの?」

「今日は彼女は来ていない。だからどうしても君と話せというヤン司祭に、今日を指定した。……そろそろ、僕も君と会いたかったから」


 会いたかったと言いながら、肩に触れていたセリアンの右手が持ち上がり、私の頬に触れる。

 まるで毎日でも会わないと落ち着かない、熱愛中の恋人のようなことをされて、私は声が出なくなる。

 セリアンさん、この間のパーティーからなんか変じゃありませんか?


「だけど、それ以外の気持ちもあった」


 内心で私がうろたえていることをお見通しだと言わんばかりに、セリアンはじっと私の目を見ながらふっと笑う。


「シャーロット・オーリックは僕に二つも余計な記憶を植え付けた。一つは、僕が聖職者になることが決まった時のこと。家族が僕は三男でどうでもいいから、聖職者にして早く家を追い出そうとしたというニセの記憶だった」


 セリアンが聖職者になると決まったのは、ごく小さい頃のことだったはず。そんな子供の頃に親に捨てられたような気持ちにさせられた……なんていう記憶を植え付けられて、さぞつらかっただろう。


「実際、多少はそんな気持ちが全くなかったわけじゃないからね、少し親を恨みそうになった。でもそんなのは、他の記憶よりもずっとマシだったよ」

「他の記憶……って?」


 セリアンの手が頬を撫でるように動いて、私は妙な感覚に首をすくめそうになる。


「君が僕を裏切って、他の男と結婚しようとしている記憶」


 頬を撫でていた手が、あごに、首筋へとなぞるように移動していく。

 あの、これ、そのニセの記憶に関係ありますか?


「だからどうしても、君のことを厳しい目で見てしまって。君はそんなことはしないと、信じているのに」

「そ、そそ、そんなに思いつめなくても。万が一それが本当だったとしても、セリアンなら私なんかよりずっと条件のいい、美人のお嫁さんがすぐ見つかると思うわよ?」


 王族に関係する家以外と婚姻してもいいのなら、いくらでも縁はある。ただでさえディオアール家の三男だし、顔もいいし。

 それだけじゃなく、わざわざ聖職者から貴族に戻ったことから、彼が家を継ぐか爵位と領地の一つを譲り受けるかするのだろうと、他の人達も噂している。年頃のお嬢さん達にとっては、かなりの最上物件だ。

 セリアンだって、相手が外国と縁が深い家でさえなければ問題なく結婚できるだろう。だから困らないと思ったのに。


「君が婚約者である限り、そんな可能性は考えたくないな……。むしろもう、そんなことができないように、外出禁止にするかもしれない」

「外出禁止って、にんじん畑は!?」


 外へ出られないのなら、サロンに行けないじゃないのだけど!


「うちの庭でもう一度一から作ればいいよ。今度は玉ねぎ畑も一緒にね」

「玉ねぎは確かに作りたかった……ってそうじゃなくて」


 一瞬、畑に専念できれば外に出る必要ないかもって思っちゃったわ。でもそんなわけにいかないでしょうに。


「でも家の庭で畑が作れたらいいんだろう?」

「結婚後は私、家から出たがらないかもしれないわ……」


 だって家の庭でじっくりと畑の面倒をみて過ごせたら、さぞかし楽しいだろうと思うもの。雨の日なら、何もできないから出かけてもいいけれど。

 思わず想像してしまった私がそう言うと、セリアンは笑った。


「君がそういう人だとわかっているから、ニセの記憶だとわかったんだよ」


 私のこと、畑さえいじれたらそれでいい女だってわかっていたから、完全には騙されなかったということ?

 嘘じゃないし。役に立ったならいいけど……。

 微妙にもやっとするが、シャーロットにセリアンが操られるよりはずっとマシだ。


「やっぱり君と結婚することにして、良かったな」

「まぁ、そういう男女間のトラブルはないでしょうね」

「それだけで決めたわけじゃないよ。畑を一緒に作って楽しめる相手だっていうのもあるのは確かだけど」


 セリアンがそんなことを言いだすので、私は聞いてみた。


「他に、私と結婚することに決めた理由があるの?」

「そうだね。たとえば真剣に取り組んでいる姿が、すがすがしくてずっと見ていたいと思ったとか」


 スコップで土掘り返したりしてる姿が、そんなに良かったの? むしろご両親や兄弟とか、綺麗な人が多い家族の中で育ったうえ、王女殿下や上流のご令嬢ばかり見てきたセリアンは、私の様子が珍しかっただけじゃ……。


 理由を考え込んでいた私は、ふいにセリアンが顔を近づけるのに気づかなかった。

 ふっと日が翳ったと思ったら、頬に柔らかな感触。

 彼が姿勢をもとに戻すのと同時に振り返って、目を丸くして見上げてしまう。

 するとセリアンが笑う。


「後は驚いた顔が可愛いとかかな」

「かわっ……?」


 頬に口づけられたのも驚いたけれど、セリアンに可愛いなんて言われて、私は言葉が出てこなくなる。

 え、あの。本当にセリアンは、私のこと可愛いだなんて思っているの!?

 ぼうぜんとしていた私は、だから人が近くにいたことに気づかなかった。


 セリアンがふいに私に抱き着いてきて、心の中で悲鳴を上げた次の瞬間、がさっと音がした。

 振り返ると、庭の小道を歩いてきたらしい修道士が一人、目を丸くしてこちらを見ていた。


「あの、セリアン様を呼ぶように、枢機卿猊下に言づけられ……」


 要件をなんとか口にした修道士に、セリアンは余裕の笑みを浮かべた。


「ああ、すぐに行くよ。探してくれてありがとう」


 答える間も、セリアンはなぜか私を離してくれない。


「あの、では……」


 修道士は転びそうな足取りで、急いで建物の方へ走り去っていった。

 たしかにこんな状態の男女を見るのは気まずいだろうけど。あんなに急いで逃げるようなものかしら。私は内心で首をかしげてから、思い出す。


 ……私、今は修道士の姿なわけだから、男色だと思われた!?

 それならあの修道士が慌てて立ち去るのもわかるけど。男装がばれないのも良かったけど。

 少々複雑な気持ちになりつつ、ようやく離してくれたセリアンを見れば、彼は全く気にした様子が無かった。

 男色を疑われても平気なのかしら?


「とにかくもう少しの間だけ、君は館で大人しくしていてほしい」

「わかったけど……」


 うなずいた私は、ふとさっきのセリアンの話でひっかかった部分のことを思いだした。


「それにしても、決め手には欠けるってどうして?」


 証人が複数人いても、まだ足りないのだろうか。


「一番いいのは、会議の場で本人に自白させることなんだけどね。それはなかなか難しいから」


 なにせ男性ならシャーロットの祝福が効果を発揮する。そして女性の場合、祝福が使えないので、なにかしら理由をつけてシャーロットは拒否するだろう。


「あ、でもこうしたらいいんじゃないかしら?」


 ふと思いつくことがあったので、私はセリアンにその案を話してみた。

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