第44話 シャーロットの事情 1

 その日、シャーロット・オーリックはおかしな報告を受けた。


「男と親密な様子だった……ですか?」


 それを彼女に教えたのは、セリアンの監視をするように頼んでいた修道士だ。

 若い修道士は、「神への祈りの日々でも拭えなかった後悔を、あなた様に救っていただきました」と感謝した人物の一人。なにかあれば協力すると申し出てくれたので、セリアンの行動を見守って教えてほしいと話していた。


 もちろん、シャーロットが彼のことを憎からず思っているがゆえ、と話してある。なので遠くから見守ることしかできないけれど、その様子を知りたいと。

 真面目な修道士は、ことあるごとにセリアンをこっそりと監視し、シャーロットに教えてくれていたのだけど。

 男? いずれ妻になるリヴィアと引き離されて、とうとうおかしくなったの?


「それはまさか……その、抱きしめ合っていた、ということでしょうか?」


 シャーロットは自分の印象をくずさないよう、恥ずかしくて聞きにくいといった様子に見えるようにして、修道士に尋ねる。


「抱きしめ合っていたわけではないようですが……」


 問いかけると、修道士はあれ? という顔になる。


「いいえ、そうではありませんでした」


 雰囲気が親密だっただけのようだ。

 しかしセリアンのことだ。そういうフリをして、煙に巻くくらいのことはするだろう。シャーロットの祝福が効果を発揮していたとしても、油断はできない。トラウマを植え付けても、それを克服してシャーロットに害を及ぼそうとする可能性はあるのだから。


「その相手は、セリアン様のお知り合いなのかしら?」

「王都東の教会に所属する修道士のようです。セリアン殿もそちらに一度身を置いていたこともありましたので、知り合いという可能性もあります」

「そう……でしたら、お友達なのかもしれませんね。楽しくお話になっていたのでしょう。あの方の一日が穏やかなものであったことがわかってよかったです。教えてくださって、ありがとうございます」


 にこりと微笑めば、シャーロットを救世主だと思っている修道士は、顔を赤くして一礼した。


「こんなことで恩をお返しすることができるなら、何度でもお知らせしましょう。それでは」


 修道士は用事があるのだろう、すぐにシャーロットが滞在する部屋を出て行った。

 一人になったシャーロットはふっと息を吐く。


「そう、油断しちゃいけないわ」


 あのセリアンに、煮え湯を飲まされた『一度目』を再現されるようなことになってはいけない。



 ――シャーロットには記憶がある。

 すでに一度、シャーロットとしての人生を送ったという記憶が。


 その『一度目』の時、彼女はこの国にいる間は、祝福の力を発現することがなかった。

 だからこそ継母に言葉巧みに騙された父親に疎まれ、隣国の親戚の家へと養女という名目で追い出されたのだ。


 だからこそ隣国では、どうにかして養父に気に入られたいと思った。


 ――養父が、私に対して強い思い入れがあれば。


 たとえば、昔思いを抱いていた相手にシャーロットが良く似ているとか。

 いや、それではだめだ。

 思い人との間に子供ができたけれど、家と家の結びつきを優先した結婚が決まっているため、泣く泣く相手と別れたとか。そのためあまり裕福な暮らしができなかったので、庶子だった娘が病で亡くなった……というのはどうだろう。

 娘がシャーロットとよく似ていたのだとしたら、最大限まで甘やかすはず。


 そうだったらいいのにと思いつつ、挨拶の時に養父と握手をした瞬間、厳めしい顔つきだった養父の顔色が変わった。

 そして養父がシャーロットに言ったのだ。


「より良い家に嫁がせなくてはならん。手を荒れさせるわけにはいかないし、できるだけ飾り立てろ」


 養女先の家はそれほど裕福そうではなかった。貴族の分家だから、伯爵家にはどうしたって劣るし、その子供達も家事などをしているだろう様子は、衣服や手の荒れ具合をみればすぐにわかった。

 もちろん養母は、他の子供達と同じように扱おうと思っていたのだろう。驚いたように養父を問い詰めたが、養父は家のための一点張り。

 けれど後日、家の土地の管理を手伝っている信頼のおける友人に、養父が漏らしているのをシャーロットは聞いてしまった。


『実は昔、好きだった相手との間に内緒で娘ができたのだが、亡くなってしまった。その子とシャーロットが似ているのだ』と。


 シャーロットは驚いた。自分の空想そのものの記憶が養父にある。

 それが分かった瞬間にシャーロットは思い出したのだ。

 前世の記憶を。

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