第38話 シャーロットの祝福について
「と、トラウマ?」
ヤン司祭が重々しくうなずく。
「彼女の祝福というのは、他人の記憶に新しくトラウマを感じるような記憶を植え付けることのようですね。そうしてその記憶を植え付けた相手の傷を、自分だけがわかってあげられると言い当てることで、悩みを見抜く者として聖女に認定されようとしているそうです」
「悩みを、見抜く……」
それはたしかに聖女らしい能力だ。
隠していた(と思わされている)悩みを見通された相手は、なぜそれがわかったのかと驚き、シャーロットのことを意識せざるを得なくなる。
「一方、そのトラウマを植え付けることで、任意の相手を嫌うように仕向けることもできるでしょう」
「それで……」
もともとそっけなかったフェリクスが、やけに私を嫌ったのも、セリアンが急に私に冷たい目を向けてきたのも、納得がいく。
「でもその祝福だと、隠し事を知られるのが嫌で、シャーロットを避けたくなる人もいるのでは?」
「知られたくないことを知られたっていうのは、イコール秘密を握られている状態なんだよリヴィアお嬢さん。脅されたら従ってしまうだろう? 例えば、「あの人と婚約をしないでいてくれたら、黙っていてあげますよ」とか」
「あー……」
それなら確かに、言うことを聞いて婚約から逃げるだろう。
シャーロットのオーリック伯爵家の関係だというには、ちょっと強引な逃げ口上でお父様からの婚約の話を断った方もいたけれど、たぶんそれは、そういうことなのだ。
納得できたけど、ため息をつきたい。
「もしくは、「あの人が男遊びが激しいという噂をばらまいてね?」とか。「あの人に言いがかりをつけて、強引に付き合って捨ててくれる?」でもいいかもしれませんね」
……ため息をがまんできなくなった。
深く息を吐いて、私は自分の顔を覆う。
悪女の噂も、フィアンナの婚約パーティーで出会ったよくわからない男性のことも、それで説明がついてしまう。
「そこまでして、私のことを不幸にしたいなんて……。どれだけセリアンを恨んでいるのかしら」
「まぁ、もっと軽い理由で相手を不幸にしたがる人なんでごまんといますからね。自分よりいい宝石を持っていた程度で、相手の女性を孤立させようとした人もいましたっけ」
くっくっくとヤン司祭が笑う。
「でもセリアンがトラウマを植え付けられたのだとしたら、元のように婚約者として接するのって絶望的ではないのかしら?」
トラウマ相手と婚約関係を続けていくって、かなりの苦行でしょう?
そもそもセリアンはどんなトラウマを植え付けられたのかしら。
私の顔かなんかにトラウマが発生したの? だから、大聖堂では真正面から顔を合わせた時はあんなに冷たい目をしていたけど、今日は後ろから抱きしめるなんてことをしたとか? 顔さえ見えなければ問題ないと気づいて……とか。
いつも後ろから接近してくる夫とか、正面をさっと避けられるとか嫌だわ。
そもそも結婚式の時はどうするの? 誓いのキスは?
……そこまで考えたところで、先ほど耳に触れた感触を思い出す。
でも手を耳にやることだけはなんとか我慢した。ヤン司祭に「何かあったんですか?」とつつかれてしまうもの。絶対に言いたくない。
ヤン司祭は気づかなかったようだ。
「そうですねぇ」
と、私のさっきの発言について考えていた。
「それがきちんと、偽りの記憶だとわかっていたなら、どうにか消せるかもしれませんね。なにせもともとあるはずのない記憶が加わっているわけですから、前後関係を覚えていれば、少しリアルな怖い夢と同じように、心の中で消化できるかもしれませんね」
「そうできれば……いいんですけれど」
「あなたのセリアン殿はいかがでしたか?」
「はい?」
ヤン司祭がにまっと笑みを浮かべて私を見る。
「さっき話していたのを知っていますよ。彼はもう、トラウマのことを夢だったと片づけることができたように見えましたか?」
セリアンは……。
あの時の行動や言葉だけで考えるなら、彼はもう私を嫌ったりしていない。
「トラウマは……なさそうな気がします」
「そうですね、彼女の祝福の影響を受けても、今は平気になっているように見えましたよ」
ただ、不安そうな顔をしていてと、私に言ったことが気にかかる。
もしかしてセリアンは、自分がトラウマを植え付けられたとわかったからこそ、シャーロットを止めようとして行動をしているんだろうか。まだ自分がトラウマのせいで私を嫌っているとシャーロットに思わせたくて、不安そうにしていろと言ったの?
「まさか、セリアンは一人でシャーロットをどうにかしようとしているの?」
私のひとり言に、ヤン司祭が笑う。
「彼が祝福の内容を、正確に知っていればいいんですけどね。でも自分の中に変な記憶が発生していたことに気づいたのなら、そこから推測できるかな?」
セリアンは頭のいい人だ。きっと自分で気づいたと……思いたい。思っていいわよね?
そう願っていた私に、ヤン司祭が恐ろしいことを言いだす。
「でも聖女候補ということは、彼女に接した聖職者の上位者のほとんどがトラウマ持ちで、彼女に救われたと勘違いしているんでしょうかね? ということは、面白いですね」
「何がです?」
「新しい嫌な記憶を植え付けられる人が、今後も増えるからですよ。彼女が聖女のままでいるということは、年に何度かそういう形で力を示す必要があるでしょう? 被害者がどんどん増えていって、教会への信仰をさらに集める……もとい、信仰の薄い人にはトラウマが植え付けられて、それを理解し見通すという茶番を彼女は続けなければならないのですよ」
「うわ……」
想像して身震いした。
生きていく上で、トラウマは多少なりとみんな持っているだろう。それを増やされるとか、ふとした時に激しく自己嫌悪したり、苦しい思いをさせられることになるわけで。
弱い人なら、心を病んでしまうかもしれない。
「ああそういえば、一ついいことを教えてあげよう」
「何ですか?」
首をかしげる私に、ヤン司祭は言った。
「彼女の祝福、あれは………」
その内容を聞いて、私は目を見開いた。
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