第37話 シャーロットに関する真相
これは……。
私はぼうぜんとした。
たぶんセリアンの唇が、私の耳に触れた。後ろから、私の耳にくちづけたんだ。
認識したところで、私は顔が発火するんじゃないかと思うくらいに熱くなる。
動かないようにか、セリアンが手を添えた顎からそれが伝わってしまいそうで。恥ずかしさに身動きすることすら忘れてしまう。
いやでも、これだけ暗かったら顔色は見えないし、そんなにわかるほど顔の表面温度も変わらないだろうと思い直したところで、セリアンが小さく笑った。
……え、やだ。まさかバレてる?
でもこれはセリアンのせいなんだもの。私が悪いわけじゃないし、あんなことをされたら誰だって、混乱するに決まっているし。
自分に言い訳をしていると、セリアンが私を離し、再び手を引いて歩き始めた。
「もう戻った方がいい。僕もそう長く離れていられないから。君の司祭もそろそろ待っているだろう」
「わ、わたしとのところの司祭って」
でもセリアンは答えを返さない。大広間へ入る掃き出し窓のところまでやってくると、そこで一度私を振り返った後、手を離してするりと大広間の中へ戻って行った。
その背を見送っていると、すぐにヤン司祭がやってきた。
「お待たせしましたお嬢さん。……お嬢さん?」
私の反応がにぶかったせいで、ヤン司祭は首をかしげた。それからひらひらっと私の目の前で手を振ってみせる。
「……えっと。大丈夫です、聞こえています」
「放心状態で、どれだけお酒を飲んだのかと思ってびっくりしたよ。とりあえずここを出ようか。馬車の中で、ある程度話すとしよう」
ヤン司祭と会話を交わしたことで、ようやく衝撃から脱した私は、うなずいて彼の後について歩き出す。
最後にちらりと横目で見ると、セリアンはシャーロットから少し離れた場所で、パーティーに招かれていた司祭と話をしていた。
自分から彼を探して見たのに、すぐに目をそらしてしまう。
さっきのことを思い出してしまって、動揺しすぎて足がもつれた。それでもヤン司祭を追いかけて、なんとか私は大広間を出て、馬車に乗り込んだ。
「さて、どこからどう話したものでしょう」
馬車が走り出してすぐに、ヤン司祭は話し始める。
「御者にはゆっくりと遠回りして司祭の教会まで行くように言ってありますから、端から端までお願いします」
ようやく気持ちが落ち着いた私は、ヤン司祭を促した。
真向かいに座ったヤン司祭は、足を組む。
「それではまず結論です。シャーロット嬢は祝福持ちですね」
「やっぱり……」
想像した通りだったようだ。そうでもなければ、素行が悪いといわれる彼女が、あんなにも次々と人を仲間にできるはずがない。
「いやー今回は苦労しました。最近はずっと「喜捨なんてお金じゃなくても、大切なものでいいんですよ? 神はそのお心を試しているのですから」なんて嘘ついて物を受け取ってますからね。簡単に物を手に入れて記憶を読み取れるんですが」
ヤン司祭が笑顔で自分の悪行を口にした。
「あの女性、ダンスを申し出てもうなずいてくれなくて困りましたよ。……ダンス中に転びそうになってもらって、そのすきに髪飾りでも拝借……と思ったのですが。でも転ばぬ先の杖といいますか。万が一の場合には、こっそりと明かりを消してくれと仲間に頼んでいましてね」
それで明かりが消えたわけだ。やっぱりヤン司祭の仕業だったらしい。
「まぁ結果その方がいろいろとわかったわけですよ。髪飾りも首飾りにもこっそり触れましたしね。それでわかったことですが……」
「何がわかったんです?」
「彼女、リヴィアお嬢さんの婚約者に、とても恨みがあるようですね」
「恨み!?」
え、好きなんじゃないの?
「すごい執着のこもったポエムが聞こえていたのに……」
「でも間違いないですよ。髪飾りを握って、突き刺して殺してやりたいとつぶやきながら笑うとか、ちょっと尋常じゃありませんよね」
ヤン司祭は「ははは」と楽しそうに笑う。
私は笑えない。
だってそれって、セリアンは恨まれているから、シャーロットの取り巻きみたいにさせられているってことなの? 自分の味方のつもりで側にいたら、いつかシャーロットに刺される?
「こわっ」
「こわいですねー。ほんと女性はこわくておもしろいですねー」
「ヤン司祭、茶化すようなことじゃありません。でも本当に恋心がこれっぽっちもないんですか? そうそう、好きが高じすぎて殺して自分のものにしたいと思ったとか」
そこまで思いつめていたら、刺し殺したいと言い出してもおかしくはない。
だけどヤン司祭が「ちがいますね」と言いながら、ひとさし指を立てて左右に振ってみせる。
「どうも彼女、セリアン殿のせいで恋人から引き離されたそうで」
「……え!?」
どういうこと? セリアンが人の恋路に首を突っ込むとは思えないんだけど。
「貴族に『マクシミリアン』という名の人はいますかね? 恋人の名前はそれみたいですよ」
「聞いたことがないんですが……。でも三男や四男の方ならわからないかも……。でもセリアンはちょっと前まで司祭だったんですよ? 仲を引き裂くわけも、理由もないような……。はっ、まさかセリアンがその頃シャーロットに横恋慕したとか?」
自分で言っておいて「ないな」と思う。
そんな情熱があったら、貴族に戻った時にシャーロットに求婚しただろう。それとも嫌われているから、別な相手を探して私にしておくことにしたとか? でもそれもおかしい。嫌っていたら、シャーロットだってセリアンと会いたくないはず。
まったくもって不可解だ。
「とにかくセリアンに恨みを持ってて、それで……なぜ私が目の敵に?」
「セリアン殿の婚約者だからでは?」
「でも私、シャーロット嬢から目の敵にされてるのは、セリアンと婚約する前からですよ?」
「おや?」
ヤン司祭は首をかしげ、でもすぐに別な推測をしたようだ。
「以前から目障りだったとか、そういうことでは。気が合いそうにないだけで、悪口を言う妙に攻撃的な女性というのもいますしね」
ヤン司祭の推測に、私はうなずかざるをえない。
それ以外に想像もできないのだもの。……まぁ、目ざわりっていうだけで、変な人と結婚させられそうになるとか、とんでもない人だなと思うけど。
「だとしたら、セリアンってシャーロットに騙されているような状態? 恨まれているっていうのに、シャーロットのことを好きになるように祝福の力が使われているの?」
しかしヤン司祭は首を横に振った。
「彼女の祝福の能力は、人を好きになることではないんですよ」
「どういうこと?」
「おそらくセリアン殿は、シャーロット嬢からトラウマを植え付けられています」
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