第36話 明かりが消えたら
「ひゃっ」
声を上げた私に、
「失礼、よろめいたように見えたので。大丈夫ですか? 先ほどからずいぶんお酒を口にされていたようですが」
見知らぬ男性がそう言った。手を掴んでいるのもこの人だ。
年の頃だけなら、私とそう変わらない。人の好さそうなたれ目がちの黒髪の青年は、親切めかして言う。
「もし御気分がすぐれないのでしたら、お部屋をご用意しますよ?」
「部屋れすか?」
いぶかしみながら問い返した私は、おっと、と自分の口を手でおさえる。
思った以上に酔ってたみたい。ろれつがおかしいなんて、恥ずかしい。
それにしてもこの人、女性の手を掴んで部屋へ案内しようなんて、ちょっと変すぎる。またシャーロットに何かを吹き込まれた人なんじゃないかしら。
私がどう返答しようか考えて黙っていると、青年はぱっと手を離して弁解してきた。
「すみません当家が主催している会なので、何かあってはと思って声をかけさせていただきました」
「そうれしたか……」
応じながらも、私はまだ警戒していた。
この伯爵家の子息だというのなら、シャーロットと顔を合わせているはず。やっぱり何か吹き込まれているとか、祝福の力のせいで私のことを悪く思っているかもしれないもの。
「お声をかけていたらけたおかげで、少し醒めました。早々に帰宅させていたらきます。ご心配なく」
私は一礼して彼の前から立ち去ろうとした。
青年の方も、そう言われてしまっては引き留めることもできなかったのだろう。私のことを見送ってその場から動こうとはしなかったのだけど。
「あら?」
ふっと周囲が暗くなる。
私の近くの燭台まで、火が消えてしまったようだ。明かりに目が慣れていたせいで、ずいぶん周囲が見えにくい。
と思ったら、また誰かに手を掴まれた。しかも引っ張られる。
「ちょっ」
またあの青年がと思ったのだけど。
「こっちへ」
抗議しかけた私の声をさえぎったのは、セリアンの声だった。
「え、あの」
振り返らずに、彼は私の手を引いてどんどんと庭の奥へと連れて行く。
何か話をしたいの? それともこのパーティーに参加してた私を、邪魔だと思って抗議するために来たの?
わからないながらも、私はだんだんと「受けて立とう」という気になってきた。
お酒の力で気が大きくなっているのかも。
それでも、いいわ。セリアンとはいずれ話をしなくてはならなかったのだもの。先日のアレだけではさっぱりわからないし、後で話をしようとは言っていたのだし。
私はセリアンに黙ってついて行く。
やがてセリアンは、薔薇のアーチらしきものの後ろに回ったところで、立ち止まり……。
「なぜあんなに飲むんだ」
「?」
開口一番、一体何を言い出すのかと私はぽかんとする。お酒の飲み方を注意したくて、こんなところまで引っ張ってきたわけなの?
セリアンに少々むっとしていた私は、言い返す。
「何杯飲んらってかんけーないれしょ」
しまった、こんなろれつの怪しい状態じゃ、抗議したって笑われるだけでしょ! もう恥ずかしいったら。
「と、とにかく私、これれ失礼……」
その場から逃げようとしたけど、セリアンは掴んだ手を離してくれなかった。
離すどころか、引き寄せて後ろから抱きしめられる。
「…………!?」
え、何が起こってるの? 羽交い絞めかなんかしようとして、間違ってるとか? でもセリアンに限ってそんなことはないか。
だとしたら、普通にその……抱きしめてるつもりだったりする? それなら先日の冷たい目はなんだったの? それともこれ、酔ったせいで何か幻覚でも見てるのかしら?
頭の中は疑問でいっぱいだ。
「君が心配だった」
だけどセリアンの言葉で、困惑も酔いもいろいろ吹き飛んだ。
「心配!? あなたが何で私のことを心配するの? にらみつけるような目をした後は、話すと言いながら会いにも来ないで、他の女の側にいるような人が?」
「あの時も今も、そうするしかなかった。君を守るためにも」
「守るって何から? 説明してよ!」
わけがわからないことばっかりだ。おかげでずっと悩んでいたのだから、守るというのならちゃんと説明してくれたらいいのに。怒る私に、セリアンは言う。
「まだ言えない。君は嘘をつくと顔に出る人だから」
「…………」
反論できない。顔に出やすいと、姉達にも指摘されていたのだ。
この一年ばかり、畑のことで話し合うだけの友達だったセリアンにまで見抜かれていたとは。
「本当は、この場に君が来てほしくなかったけれど、たまには君が一人でいる姿を見せるのも必要だと思って許可したんだ。……あの司祭と一緒にいるのも、本当は嬉しくないんだけど」
「司祭って」
ヤン司祭のことを知ってるの?
思わず振り返りそうになったけれど、セリアンが抱きしめる腕の力が強くて、身動きができない。
「君には本当に悪いと思ってる。……だけどあと少しの間だけ、わけがわからないまま、不安そうな顔を僕に向けていてほしい」
どういうこと、という疑問は口にできなかった。
セリアンの手が、私の顎をとらえる。
顔も動かせなくなった私の耳に、ベール越しに柔らかな感触が触れ、吐息がかかった。
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