第35話 遠くから見ているだけで

 見たら、わかってしまうと思っていたのだ。

 シャーロットのことを好きになってしまったかどうかが。

 なにせ自分は、恋をしている人から、謎ポエムが聞こえてしまう。


 一度視線をそらしてしまった私だったが、やっぱり気になって横目で見てしまう。

 セリアンはその金の髪に合う、深い青の上着と、灰色のジレを着ていた。黒いズボンも彼の足の長さを強調して、他のどの人よりも姿が良く見える。

 周囲の女性も、ちらちらとセリアンのことを振り返っていた。


 セリアンがもし、フェリクスみたいになっていたらどうしよう? 思い出すと、やっぱりセリアンに近づくのはためらわれた。

 遠くにいよう。


「それではお嬢さん、私は作業にかかります。後はどこかに適当にしていてもいいですし、お帰りになってもかまいませんよ?」


 ヤン司祭がこそこそと耳打ちしてくる。

 その目がものすごく楽し気にらんらんと光っていた。なぜ。


「待っています。早く結果が知りたいので」

「わかりました」


 応じたヤン司祭は、シャーロットの近くに行くどころか、大広間の入り口近くにいた司祭達の方へと向かった。

 彼らに何か協力を頼むのかもしれない。


 ヤン司祭の動向を目で追い続けるのもおかしいし、彼が目立ってしまうかもしれない。だから私は通りすがりの召使いから飲み物をもらい、壁際に下がった。

 口に含むと、ワインの酸味が舌を撫でる。

 申し分のない味のものを出しているはずなのに、なんだか今日はあまりおいしく感じなかった。


 それでも一杯飲み干すと、急にセリアンのことをまっすぐ見ることができる気がした。お酒を飲んだから強気になったのかもしれない。

 もう一度、シャーロットの側にいる彼に目を向けた。


 今度はじっと観察した。シャーロットの周囲には他にも三人ほどの男性がいる。フェリクスもいたので、ベールで顔を隠せるパーティーに出席できて、本当に良かった。

 シャーロットは彼らに話しかけては、楽し気に笑う。


 フェリクス達三人は、彼女の気持ちに沿うように笑みを浮かべているのに、セリアンは微笑みもしない。ただ表情を変えずに応じている。

 セリアンは別に無表情な人ではない。畑仕事中だってよく笑っていた。


「あまりシャーロットのことを好きじゃないのかしら?」


 そういえば、別にシャーロットが好きだとか、そんなことは言っていなかった。ただ厳しい目を向けられただけで。

 あれはもしかして、私のことが嫌いになったということ?


 でもこんな遠くでは、セリアンが無表情ながらもシャーロットを想っていたとしても、全くわからない。

 私はゆっくりと、外側から回り込むようにして彼らに近づいた。

 シャーロット達の視界に入らないような場所を選んで、少しずつ距離を詰めていく。

 やがて、フェリクスの声が聞こえた。


『君の金の髪は、まるで星を奏でるような音がする。きっと君の存在そのものが、星の光のように儚くも美しいから……』

『どうか他の男をその美しい瞳に映さないで、どうか俺だけを見てほしい女神よ』

「…………」


 あいかわらずの甘ったるいポエムだ。

 他の男性のものらしいポエムも、一つ二つ聞こえてきた。

 でもセリアンのポエムだけは聞こえて来ない。


「……よかった」


 ほっとして、つぶやく。

 セリアンからシャーロットへの愛のポエムとか聞こえてしまったら、さすがに泣いてしまうかと……。


「え、泣く?」


 自分の考えに驚いた。

 セリアンが誰かに恋のポエムをささやいているだけで、私が泣く?


「いやいやいや。きっと彼女だからよ。ね?」


 自分で自分にそう聞いてしまう。今まで迷惑をかけてきたシャーロットに、友達でもあったセリアンが愛をささやくのが嫌なだけで、他の人なら。


「他の人……」


 目の前を通って行った女性。彼女にセリアンが寄り添って「好きだよ」と言っている姿を想像してみたのだけど……。


「一つ下さる?」


 私は近くにいた召使いから、お酒の入ったグラスを受け取った。それをちみちみと飲みながら、自分に言い聞かせた。

 だめ、想像しちゃだめ。なんか私変だわ。

 泣きたくなるような気持ちしか出てこないなんて、自分じゃないみたい。


 そうしているうちに、ふとヤン司祭がシャーロット達に近づいていることに気づいた。

 ヤン司祭は、朗読に参加していた聖職者と一緒にシャーロットに近づき、なにやら挨拶をしている。


 セリアンはそんなヤン司祭を見ていたのだけど、ふっと視線をこちらに向けた気がした。

 気づかれたわけはないと思うのだけど、念のため広間から外へ逃げることにする。

 だって、なんて言い訳したらいいのかわからない。


「ん? 言い訳する必要あるかしら?」


 庭へ足を踏み出したところで、ちょっと立ち止まる。

 別にこのパーティーは、必ず男女一組で参加するものではない。なにせ聖人の日を祝い、朗読を聞いたりするのがメインなのだから。

 別にヤン司祭を同伴してきたなんて、説明しなければわからないのだもの。どうして逃げる必要があるのかしら。


 でも大広間に戻る気にはならなかった。

 もう一度セリアン達をじっと見るのは、精神が削れていくような気がする。もう、ヤン司祭が首尾よくことを成すのをここで待とう。

 そう思って、グラスのワインの残りを一気に呷った時だった。


 大広間の明かりが一部でふっと消える。

 ただでさえ演出のために薄暗かったので、扉から遠い奥側が暗くなってしまったようだ。

 慌てるような声が、暗がりから聞こえてくる。


「……司祭がやったのかしら?」


 シャーロットが指輪をしていなかったから、暗さに乗じてネックレスか髪飾りに触れないといけなくて、暗くした?

 こんな穏やかなパーティーで唐突な事故が起こるなんて、普通はありえないもの。誰かが意図的に燭台の火を消したとしか思えない。


 でもヤン司祭がやったのだとしたら、これでシャーロットの物に触れることができる。きっと目的を果たしてくれるはず。

 それならここで待とうと、入り口近くにいた召使いに空のグラスを渡し、庭にもう少し降りていようとしたのだけど。

 ふいに手を掴まれた。

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