第34話 祝祭日のパーティーへ

 ヤン司祭にお願いごとをした翌々日の宵。


 私は自分の館のエントランスで待ち構えていた。

 こちらは馬車も準備完了。私も目立たない深緑のドレスを着て黒のベールを被り、準備完了。

 あとは身一つで来てくれるだけなのだが。


「お待たせいたしました、リヴィアお嬢さん」


 家の前に辻馬車が止まり、それから降りてきたのだろう。門を開けてもらってひょこひょこと歩いて現れたのは、ヤン司祭だ。


「あら、以外と似合ってますね」


 私が驚いてそんなことを言ってしまったのは、ヤン司祭が貴族然とした衣装を着こなしていたからだ。

 濃い灰色の上着には銀鼠色で精緻な刺繍がほどこされていて、黒のズボンも靴も高級な布地や質のいい革でできているのがわかる。ポケットから下げた懐中時計は金製。


 こんな高級な代物をどこで手に入れたのか……と考えてから、私は思い出す。

 そうだった、司祭はけっこう高収入。これがヤン司祭の私物でもおかしくはない。


「あなたの隣で見劣りしないようにするため、苦労して一式そろえましたよ」


 みてみてとばかりに、ヤン司祭が一回転してみせる。あなたはドレスを新調したばかりの女の子ですか?


「たしかに貴族らしくみえますけれど、一式そろえたというのですから、あの話を聞いてから用立てたのなら、どなたから借りたんですか?」


 するとヤン司祭は、自分の唇の前にひとさし指を立ててみせた。


「企業秘密ですよ。そもそも人の秘密を覗くには、いろいろと変装する必要ができることも多いので、いろいろ伝手がありますからね」

「……悪趣味」


 つぶやきながらも、私は他人のことは言えないなと感じる。今から私は、ヤン司祭に自分の知りたい人の秘密を覗いてもらうのだから。


「では参りましょうヤン司祭。どうぞご乗車ください」


 私は馬車の扉を従僕に開けてもらい、ヤン司祭に一礼した。


 行先はパーティーだ。

 マディラ神教の敬虔な信徒であるとある伯爵が開催するもので、彼が信奉する聖女の祝日にパーティーを開くらしい。


 特殊な趣向のパーティーで、その聖人が自分の醜い顔を恥じてベールを被り続けたということから、女性はみなどんな色でもいいのでベールを被って出席する。男性もそうしたい人はベールを被っていいらしい。

 さらに司祭達を呼んで聖典を読み上げてもらい、その後は聖楽を歌い、ごく静かな音楽だけを選んで演奏させてダンスや談笑しながら、その日の午前0時までを過ごすというもの。


 それにシャーロットが出席するというのは、少し前から知っていた。

 聞いた私は、聖女として決まっていることを密かに周知するためと、その伯爵や出席者は敬虔な信徒が多いし、祝福を使って自分の仲間を増やすつもりなんじゃないかと考えていた。


 でもこのパーティーなら、ヤン司祭を潜り込ませやすい。

 同伴しなければならないけれど、私がいるとわかればシャーロットは警戒する。だけどベールを被っていられるのだ。私の顔が隠せる。

 ヤン司祭には、ダンスに彼女をさそってもらい、彼女の服なり腕輪や指輪に触れてもらい、その記憶を読み取ってもらう手はずだ。


 そしてこのパーティーはヤン司祭にも都合がいい。


「上手いこと聖職者の多いパーティーを選んでくれてよかったですよ。ダンスに誘うのは慣れていませんけれど、秘密を握ってる同輩がいれば、ダンスができなくとも話をするとか、つまづいたふりをして目標の手に触れても、とりなしを手伝ってもらえますからね」

「お、お願いしますね……」


 秘密を握った相手は、すべて利用できるというヤン司祭におそれをなしながら、私の乗った馬車はパーティー会場へ到着した。


 招待状は、お父様が持っていた。それを譲ってもらった上で使ったので堂々と入場する。

 私はお父様の名代。ヤン司祭は知り合いの司祭様だと言えば、婚約者ではない同伴者でも伯爵家の人は不思議にも思わずに通してくれる。


 ……そういえばセリアンはどうなんだろう。このパーティーにもしかしていたりして?

 私とヤン司祭は少し遅れて出発したので、すでに聖典の朗読は終わっていたようだ。

 会場だった広間から、さらに広い大広間へと人が移動している途中だった。


 参加者はけっこう多い。

 聖人の日にちなんだパーティーが少ないからだろうか。何にしても、真面目なマディラ神教の信者というのはけっこう多いようだ。


 移動する人の波についていった私は、奥に楽団が控えている大広間に入る。

 蝋燭の明かりが控えめで、ややうす暗い。おそらくは顔をベールで覆った聖人にちなんでこのようにしているのだと思う。


 そのため、広間の壁際に飾られた木がよく見えた。雪に覆われたように白い葉と幹の色をした人の背丈ほどの木は、色とりどりのガラスの装飾で飾られ、近くに設置された燭台の光を受けて輝いている。

 これではシャーロットの姿を見つけるのは難しいかも……と思っていたが、笑い声に振り向いて、目を見開いた。


 シャーロットがいた。

 ベールはごく薄い顔がはっきりと透ける程度のもので、自慢の金の髪に宝石がちりばめられた金や銀の花が飾られている。ドレスもパーティーだからと黄色に金糸の刺繍がきらめくもので、とても目立っている。

 他の信仰心が篤い女性は、わりと大人しい色や装飾を身に着けているからだ。


 でもシャーロットが目立つ装いをしていることは、想像していた。それよりも驚いたのは、彼女にセリアンが寄り添って立っていたことだ。


 その姿を見た瞬間、心の中がざわついた。

 思えば私、イロナや家の従僕にセリアンの動向を探ってもらったりしたのだけど、自分では彼が行く場所で待ち伏せて会おうとは思わなかった。


 なんだか、怖くて。

 どうして怖気づいてしまうんだろう、私は悪いことをしていないのにと思っていたけれど、今しみじみと感じる。

 仮にも婚約した相手が、シャーロットの隣にいる姿を見たくなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る