第33話 悪魔と契約した気分ですが

「では、この指輪を」


 私は左手の薬指にはめていた、セリアンからもらった指輪を差し出す。


「記憶を読み取ったら返してくださいね」

「もちろんだよ。私は物そのものには用がないし。そこまで大切なものなら、さぞいい記憶が眠っているんだろうね、この指輪は」


 うれしそうに指輪をながめたヤン司祭は、次に両手で閉じ込めるように指輪を持ち、目を閉じる。


「……ふふふ、くふふふふ」


 次第に気味の悪い笑いを漏らし出す。

 ぞっとしつつも私はヤン司祭が、指輪の記憶を読み取り終わるのを待った。

 一体いつの記憶を読み取ったのやら……。古い記憶なんかはむずかしいらしく、新しい記憶だけを読み取るみたいだけど。


「くふふふ。うん、実にいい対価でしたよリヴィアお嬢さん。あー面白かった。へぇ、お嬢さんはそういう求婚のされ方をしたわけですか」

「……くっ」


 どうやらセリアンが私に求婚したあたりの記憶を読み取ったらしい。

 非常に恥ずかしい。きっと私がぽかーんとしている間抜け面まで見えてしまったのだろう。

 今すぐヤン司祭の頭をがくがくゆすって記憶を消してしまいたいけれど、こらえる。


「さあ、そこの席にお座りくださいお嬢さん。で、私に物の記憶を読み取って、祝福の内容を調べてほしい相手の情報を話してもらいましょう」


 私は深呼吸して自分を落ち着かせ、礼拝堂の席に座る。ヤン司祭は通路を隔てた席に座って、私の話を待ち構えた。


「調べてほしい人は、シャーロット・オーリック伯爵令嬢。彼女は近々、聖女に認定されて大聖堂で暮らすことになっているそうなの」

「ほぅ。大聖堂にですか。それは珍しい。そこまでして彼女を隔離しなければならないのは、何か危険な祝福を持っているからだ、と推測したわけですね?」


 ヤン司祭の言葉に私はうなずく。


「彼女の周りの男性が、彼女と関わったとたんに彼女にのめり込んだり、言うことを聞いてしまったりするのです。それだけではなく、なぜか彼女は私を目の敵にしていて……婚約者にもおそらくは祝福の力を使ったのではないかと思うんです」


 そのまま私は、自分の婚約破棄に関することや、大聖堂へ行ったセリアンの変化について話す。

 聞けば聞くほど、ヤン司祭の口元が楽し気にゆがめられた。


「なかなかの難物だね。うっかりすると私までその力でどうにかされそうだし、うかつに近づくのは危険そうだけど……面白い。だが彼女の物を拝借するのは難しそうだ」

「そこが悩みどころで……」


 オーリック伯爵の館に誰かが潜入するか、パーティーなどで会ったシャーロットから何か物をもらうしかない。

 私はオーリック伯爵に勤める人間から、物を借り出してくれるようにお金を払う方法を考えていたけど、ヤン司祭が提案してきた。


「一ついい方法があるんだ」


 それを聞いて、私はヤン司祭に任せることにして、決行日を伝えた。


「明後日なのだけど、大丈夫?」

「平気平気。この趣味のためなら、ありとあらゆる手を尽くすよ」


 ヤン司祭はそう言って、またニヤニヤとしだした。……何をたくらんでいるんだろう。怖い。


   ***


「あれだけいじめられても、まだ素直でいられる人は珍しいですね」


 ひとりごとをつぶやき、ふんふんと鼻歌を歌いながら白石の廊下を進む。


 あれから一時間後、ヤン司祭は大聖堂へやって来ていた。

 招集されたわけではなく、むしろ赴く用事を、大聖堂へ来てから知人に作らせたのだが。

 そうして待ち構えていたのは、二つ用事があったからだ。

 一つは、彼女の顔を見ること。しかも安全な場所で。


「では、今日のところはこれで。ごきげんよう、皆様」


 大聖堂の奥、貴族などの賓客をもてなす場所から出てきたのは、一人の女性。

 透き通るような金の髪に美しい青の瞳の令嬢は、その面立ちも10人いれば10人が美しいと言うはずだ。


「お気をつけて、シャーロット殿」


 彼女より先に出てきていた、三人ほどの聖職者に見送られ、シャーロットと呼ばれた女性は廊下を歩き出す。

 そんな彼女を、飾られていた聖者の像と壁の隙間に隠れつつ眺めたヤン司祭は、ほくそ笑む。


 あの自分への自信に満ちた様子。

 そういうタイプの秘密の方が、案外面白いものが多いのだ。

 これは期待できる、と思いながらヤン司祭は二つ目の用事のためにそこにとどまった。


 三人の聖職者が、ややあって自分達も部屋から離れて行こうとする。それを追いかけるように、一人の青年が部屋から出てきた。

 濃紺の美しい模様が織り出された上着の貴公子然とした青年だ。やや長めの金の髪に緑の瞳をした彼は、稀にみる美形だろう。


 ヤン司祭の待ち人だ。

 リヴィアの指輪から読み取れる記憶を見たヤン司祭は、彼の秘密にとても興味が湧いていた。

 色々と、リヴィアに話していないことが沢山ありそうだ。

 その辺りについて、ヤン司祭は知りたくて彼を待ち伏せていたのだが。


「すみませんハルシュ司祭。少しお話を……いいでしょうか?」


 セリアンに声をかけられた中年の司祭は、少しびくっとしたもののすぐに平静を装った表情でうなずく。

 他の二人が立ち去った後で、セリアンは用心深いことにその場で話し始めるのではなく、部屋に取って返して扉を閉めてしまった。


 何の話をしているのか、ヤン司祭はものすごく知りたかった。

 けれど今、そこへ突撃していっても、記憶を祝福で探ることすらできないだろう。

 我慢して目の前の像が記憶していることを読み取って、暇をつぶす。


「……おや」


 でも像が記憶しているものだけでも、かなり面白いことがわかった。

 それをじっくりと精査した頃、再び扉が開く。

 出てきた中年のハルシュ司祭は、困惑しながらも少し安堵した表情でセリアンに礼を言う。


「助かりました。あなたのおかげで……」

「ハルシュ司祭、もう他言してはなりません」


 セリアンに止められ、ハルシュ司祭は、はっとしたように口をつぐむ。


「すべては猊下が決定された後に。よろしいですね?」


 ハルシュ司祭は固い表情でうなずき、その場を立ち去る。


「ふうん」


 ヤン司祭は思わずつぶやいた。

 リヴィアの指輪、像から読み取った記憶、そして今の会話。それを合わせると、彼はたぶん……。

 ヤン司祭はニッと口の端を上げ、セリアンの前に進み出た。


「あなたは?」


 いぶかしむセリアンに、ヤン司祭は自己紹介する。


「王都東の教会におりますヤンと申します、元司祭のセリアン殿」

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