第32話 祝福を調べるための助っ人
エリスと会った翌日、私は王都の東にある教会を訪ねた。
王都中心部にある大聖堂とはくらべものにならないほど小さく、こじんまりとした教会だ。
こちらも孤児院が併設されていて、門から入ると隣の敷地から子供の声が遠くから聞こえてきた。
私は教会の入り口で付き添いのイロナに待っていてもらい、中に入る。
先に手紙を出していたので、今日、この時間に私が来るのを先方は知っているので、中に入ればいるはずだ。
教会の扉を開けると、そこは礼拝堂だ。
縦長の教会に並ぶ席、その中央を貫く身廊の奥には祭壇があり、そこに一人の司祭が立っていた。
短い茶の髪を七三に分けて黒い帽子を被り、黒の裾の長いローブを着て、青のストールを肩から斜めにかけている。体格は中肉中背。眼鏡をかけ、どこにでもいそうな顔をした中年の司祭。
「お嬢さんからご訪問いただけるとは、久しぶりですね」
「ええ、一年ぶりくらいでしょうか、ヤン司祭。というか、こちらの教会へ伺うのは初めてですが」
応えると、ヤン司祭は目を猫のように細めた。
「そうですね、フォーセル子爵領の教会でお会いして以来です。さて、今日は何か面白い話を持ってきていただけたのでしょうか? あなたの失敗談ですとか、ご両親の秘密ですとか、他の貴族の方々の秘密でもいいですね」
ニヤニヤと笑うヤン司祭に、私の頬がひきつる。
……こういう人だとはわかっていた。幼少期から交流(?)があるのだもの。
とにかく人の内緒を知りたがる。
誰の秘密でもいいのだ。それを知ってどうするかというと、ただ知識欲が満足し、本人の心の中だけでその当人を見る度に思い出して楽しむだけらしい。
けど、趣味が悪いことには違いない。
「今日はもっと面白い話も持って来ました。……ヤン司祭に頼みがあります」
しかしこの悪い癖があるからこそ、私はヤン司祭に頼るのだ。
取り引きが成立する相手は、信用ができる。
何よりも彼が、おいそれ秘密を口外しない相手だということはわかっているのだ。そして相応の対価があれば、他者の秘密を明かしてくれる人だということも。
「私の祝福をご存じで、それを約束通りに口外なさらないでいてくださる上……特殊な祝福をお持ちのヤン司祭だからこそ、頼みたいのです」
私の言葉に、ヤン司祭は得たりとばかりにうなずく。
「よろしいでしょう。私の好奇心に見合うだけの対価をいただければ、望んだ相手の秘密を話しましょう。あなたはお小さい頃からいい取引相手でしたしね」
ヤン司祭は思い出すように、天井を仰いだ。
「あれはリヴィアお嬢さんが、十歳の頃でしたか。あなたは私の前でうっかりと大切なリボンを落とし、私は親切でそれを拾い上げて……あなたの秘密を知ってしまった」
そう、ヤン司祭は『物が記憶した出来事を読み取れる』祝福を持っている。
だから私が落としたリボンを拾ったヤン司祭に、私はひた隠しにしていた自分の祝福の能力を知られてしまった。
知ったとたんヤン司祭は笑い出し、一体何が起きたのかとぼうぜんとする私に言ったのだ。
「人が考えたポエムが読み取れるなんて、ずいぶん滑稽な祝福ですね! 頭がおかしくなったんじゃないかってぐらい甘ったるいセリフを、そんな子供の頃から聞かされて! しかも真剣に悩む君もめちゃくちゃ滑稽ですよ」と。
ほんとうに失礼な司祭だった。
私はとっても悩んでいたのに、それを笑った上、恥ずかしくて隠したかった祝福のことも笑ったのだ。
涙目になった私は、その手からリボンを分捕り返し、子供らしい癇癪のおもむくまま、地面の土を握りしめて、この司祭に投げつけたのだった。
……それで怒りもしなかったことについては、ヤン司祭をとても心の広い人だと思っている。仲良くしたくはないけれど。
その後、土を投げつけた現場だけを見た父によって、ヤン司祭に謝罪するように言われ、告解室で謝罪を口にすることになってしまった。
小さな窓だけでつながる壁の向こうで、このヤン司祭は笑って私の謝罪に応じたものだ。
「祝福のこと、黙っていてほしいんでしょう? それなら年に一度、何か秘密を見たかもしれない物を、私に読み取らせてもらえませんか? 口外はしませんよ。よほどの対価を差し出さない限りは」
そう脅し、くっくっくと笑ったヤン司祭を見て、幼少期の私は『悪魔だ!』と思ったものだった。
……そのようなわけで、年に一度はこの司祭と会っていた。
ただ去年までは、二年ほど間が空いた。私が王都で生活せざるをえず、司祭がフォーセル子爵領の教会にいたから。
しかしどういう手を使ってか、この司祭は王都の教会勤務に異動になったのだ。
ぜったいに、この人は上役の秘密を使って異動をさせたのだろう。なにせ、「よく考えてみれば、王都の方が人が多い上に、沢山の人の秘密をのぞきやすいんですよね」と、去年会った時に堂々と言っていたのだから。
「昔の話はけっこうです。頼みたいことは、ある人の祝福の内容」
「ほう?」
ヤン司祭は面白そうな表情をした。
「それは貴族?」
「貴族令嬢です」
「そうしたらやや高い対価がほしいな。君と婚約者の二人だけの会話みたいなものとか」
すでにこの司祭は、私が婚約をしたことを知っていたらしい。
しかし要求するものが、本当に自分の楽しみのため! という内容で呆れる。でも予想はしていた。
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