第30話 サロンの日に

 翌日、私はサロンの日だということを思い出した。

 草取りをしたいと考えていたのだ。いくらにんじんが丈夫とはいえ、いいにんじんを作るにはお世話をおこたってはいけない。

 ただ、あらかじめ決めていた予定だというのに、朝から気分が重かった。


「行ったら、セリアンに会う……かな」


 昨日のまなざしが、まだ脳裏にやきついている。完全に、迷惑な相手を見る目をしていた。


「出会った時でさえ、あんな目はされなかったわよね」


 セリアンは、司祭職にいる頃からサロンに参加していた。

 ただし司祭服を汚すわけにはいかないので、普通のシャツに上着、ズボンに長靴といういで立ちでレンルード伯爵夫人の館の庭に出ていた。


 ――ちなみに、レンルード伯爵夫人は着替えの部屋も用意してくれている。家族にサロンで何をしているのか気取られたくない場合、家で着替えてくるわけにはいかない。そこにも伯爵夫人は配慮してくれているのだ。


 出会った時、セリアンは私の近くを割り当てられて、そこを小さなスコップで掘り返していた。

 しばらく横目で観察した後、耕しているらしいと気づいた私はつい口を出してしまい、その時にセリアンに言われたのだった。


「花の種を蒔くだけだから、深くなくてもいいかと思ったんだ」

「花でも根が深く張るように、もっと大きなスコップで耕すべきだと思うわ」


 そんな会話から仲良くなった。

 セリアンは最初、私がよく知らない花を育てていた。でも私がにんじんを収穫しているのを見て、作物も楽しそうだと言うようになった。


 にんじん作りが楽しそうと言われたのが嬉しくて、私は収穫したにんじんを彼に何本かあげた。するとセリアンは育てていた花を束にして私にくれた。


「花瓶に挿したら、その水は動物がうっかり飲まないようにして。毒の成分が溶け出してるから、体に悪いんだ」


 なんてちょっと怖い言葉付きで。

 まぁ花は花だし。おかげでサロンに通っていた娘が、間違いなく花を愛でているようだとお父様に思い込ませる役に立ってくれた。……純粋に綺麗でもあったし。毒あるけど。


 その後、私がにんじん作りにセリアンを誘って……。

 去年はそれぞれがにんじんをまた作り、今年はそれぞれにじゃがいもとにんじんを植え、二人で収穫を山分けしようと決めていた。


 だからにんじん畑もじゃがいも畑も、私とセリアンの共同で管理していた。そしてサロンの日は、必ず行って畑の様子を見ているのだ。

 セリアンと会うのはほぼ確実。


 だから朝から悩んだ。

 またあんな目をされて、冷たいことを言われたらどうしよう。友達にあんなふうにされるのはとてもつらい。

 だけど会わないと、大聖堂で誰かと会って……というか、枢機卿との会話からして、相手はシャーロットだと思う。彼女とどんな話をしたのか聞き出せない。

 セリアンを聖職者に戻すよう願った理由とかがわからないと、あんなふうにセリアンに対応される理由すら推測できないのだ。


 午前中いっぱい悩んで悩んで……私はサロンへ行くことにした。

 けれど昼下がりにサロンへ到着すると、レンルード伯爵夫人の庭には、いつものサロンのメンバーはいるものの、セリアンの姿はなかった。


 まだ来ていないのかしら。

 そう思ったものの、畑に近づいてみると雑草は取り除かれた後。あきらかに人の手が入っているし、このサロンの人たちは他人の畑や花壇に、連絡もなく手を出すことはない。

 だとすると、セリアンがもう来たの?

 立ち尽くしていると、背後から声がかけられた。


「ディオアール様なら、朝のうちにいらっしゃいましたよ」


 振り返ったそこにいたのは、麦わら帽子をかぶって村娘のようなワンピース姿のレンルード伯爵夫人だった。

 白髪まじりの茶色の髪をきっちりと結い上げた伯爵夫人は、老齢が間近だというのにしゃきっと背筋を伸ばしている。


「朝の内でしたか」


 私は得心した。それならこの状況もセリアンがいないのもなっとくだ。

 だけどセリアンは、私に会いたくないと思って、わざわざ早朝にしたのかもしれない。そのことが心に影を落とす。

 するとレンルード伯爵夫人がさらに教えてくれた。


「……今はまだ、フォーセル子爵令嬢に会うわけにはいかないからと。そのように私に言い訳をしていらっしゃったわ。婚約者と会えない理由なんてあるものかしら、と不思議に思いましたけれどね。

 あなたの表情からすると喧嘩をしたご様子ではないようで、安心しましたよ。せっかく私の始めたサロンがきっかけで婚約する方が現れたというのに、悲しい結果になってはさみしいですもの」


 小さく笑う伯爵夫人に、私は苦笑いする。

 そして言えなかった。

 もしシャーロットと話した結果、セリアンが私を嫌うようになっていたとしたら、その悲しい結果になるかもしれません、とは。


 ただ不思議だ。

 シャーロットに何の興味もなかったセリアンが、少し話しただけで彼女を好きになってしまうものだろうか。


「…………まさかそれが、祝福?」


 誰にも聞こえないような声でつぶやく。

 するとそれが真実のような気がしてきた。

 誰にでも好かれるとか、好きになってもらえる祝福だったら、セリアンの状態にも納得がいく。


「まずは、調べよう」


 畑から立ち去りつつ、私は決めた。

 セリアンがフェリクスと同じようになってしまったのか。

 そしてシャーロットの祝福が何なのかを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る