第29話 大聖堂に入ってみたら

「教会に呼ばれたにしても、一人で?」


 私は眉をひそめ、かすれ声でつぶやく。

 自分を呼び戻そうとしている場所に行くのは、なかなか足が向かないものだ。必要に迫られない限り。

 ならセリアンは、直接話さなくてはならなくなって来たのではないだろうか。


「……私、ちょっと教会でお祈りしていきたくなったのだけど」


 私の言葉に、イロナは驚く。


「まぁ、急に信心深くおなりで?」

「結婚に関して問題が色々起きてばかりいるものだから、少し神様のお力を借りたいと思うようになったのよ」


 まるで他人事のような口調で、とっさにひねり出した理由を口にした。

 仕方ない。イロナが言うように私は信仰心が希薄な方だ。


 全てはあの『祝福』のせいだ。

 幼少期には怒られ、自分の祝福がどういうものか認識した後は、恋愛に対して微妙な気持ちしか抱けなくなった。

 神様のくれたものだというのなら、もう少し人の役に立つとか、持ち主の私が心安らかに暮らせるものであってほしかった。


 ……最近は危機管理に少しは使えたかもしれないけど。マルグレット伯爵とかシャーロットとか。でも、それで危機を切り抜けたわけではないし。


 信心深い人なら、前世の業を清算しているとか、来世で苦労した分だけ幸せが来るとか言われると納得するかもしれないけど。私としては現世で役に立たないものなど、お荷物である。

 そんな気持ちをまるっとイロナに説明したら、昔気質のイロナは仰天しかねないので黙っておく。


「祈るのはいいことでございますよ」

「ところで、一人でじっくりと祈りたいのだけど」

「個室を用意していただきましょうか」


 イロナはそう言って、私に付き添って大聖堂の中に入り、修道士の一人に声をかけて頼む。すると貴族用の小さな祈りの間を用意してもらえた。

 リヴィアはそこに入る直前で足を止め、ここまで案内してくれた修道士が立ち去るまで待ってからイロナに言う。


「ところでイロナ。私、先ほど大聖堂の奥の方に、セリアン様がいたのを見たの。ちょっと探して来たいから、ここで待っていてくれる?」

「それでしたら私が……」


 私は首を横に振る。


「見かけた場所まで行って、声をかけてきたいだけなの。いなかったらすぐ戻って来るわ。ね? 大聖堂の中で何かあろうはずもないのだし」


 そう言うと、信心深いイロナはしぶしぶうなずいた。


「本当に少しだけでございますよ?」

「ありがとうイロナ」


 私はさっそく祈りの間を出て、大聖堂の中を早足で進む。

 見つけられるかどうかはわからない。どこかの部屋に入ってしまった後だったら、追いかけるまでもなく何もできなくなるだろう。


「でも来たばかりだもの。来客を待たせる部屋とか、廊下とか……そのあたりにいるかもしれない」


 まだ奥に移動していなければ、待ち構えて話しをすることはできるだろう。そう思ったのだけど。


「あ……」


 大聖堂の入り口近くにある、来客を待たせる場所。そこへ向かう途中にあった廊下に、金の髪が映える明るい常盤緑の上着の後ろ姿が見えた。セリアンだ。

 声をかけようとしたけれど思いとどまる。セリアンは誰かと話していた。


 金の刺繍がほどこされた赤い外套は、司祭以上の階級を持っている証拠。

 白い髪の上に乗せられた赤い帽子も、首にかけられたメダイを連ねた首飾りや赤に金糸が使われた肩掛けからしても、枢機卿クラスの人だ。

 セリアンが親しくしていた元上役かしらと、私は廊下の角に隠れるようにしてそっと見守ってしまう。


「教会へ戻る意志は固まったのか?」


 ……え?

 聞こえてきた言葉に、息をのんだ。

 まさかと私は思う。セリアンは教会へ戻ると伝えるつもりでここへ来たの?


 でも私には、何も連絡が来ていない。結婚できなくなったとか、セリアンならかならず謝罪の手紙をくれるなり、挨拶に来てくれるはずなのに。

 セリアンの方は落ち着いた声で相手に返事をした。


「会って、どうして私を教会に戻したいと願ったのか、その理由を聞かせていただきたいのです」

「それで今日の招へいに応じたのか。あの者が足しげくこちらへやってきていることは知っているが、大聖堂へ滞在している間にお前が来るなど、何があったのかと思っていたが」

「ご心配いただきありがとうございます」


 礼を口にするセリアンの表情は見えない。相対する枢機卿の方は、無表情のままだ。


「受け入れるにせよ、説得するにせよ、必要だと思いますので今日は会います」

「もう決めているのなら仕方ないだろうな。まぁ、何かあれば言いなさい」


 枢機卿はふっと息をつき、セリアンは再び一礼してその場から立ち去る。

 二人とも、私のいる方へは来なかったのだけど、私はセリアンを追いかけることができなかった。

 枢機卿相手にも、会うと宣言してしまっているのだ。決めてしまうと案外頑固なセリアンが、私が行かないでと言ったところで、止めることはないだろう。


 サロンでも、こちらの気候や土に適さない作物を、何度も作ろうとしてゆずらないくらいだから。

 でも嫌な予感がする。

 不安におそわれた私は、祈りの間に戻ったものの、なかなか帰る気になれなかった。


 だから馬車に戻った上で、イロナに何か飲み物を手に入れてもらえないかと頼み、その間だけ待とうと決めた。

 イロナは大聖堂の中へ、飲み物を分けてもらえないかと頼みに行ってくれる。


 その後は馬車の中でじっとしていた。

 やがて、イロナよりも先に大聖堂の中からセリアンが現れた。

 私は急いで馬車を降りて、セリアンに駆け寄った。彼が自分の家の馬車に乗る前に、なんとか呼び止めることに成功する。


「セリアン!」


 彼は足を止めた。そして振り返ったけれど……。私を見た瞬間に、表情がわずかにゆがめられた。

 他人事どころか、嫌いな相手を見るような目に、思わず足が止まってしまう。


「ああ、リヴィアか。もう遅い時間だ。早く帰った方がいい」


 セリアンはそう言って、さっさと自分だけ帰ろうとする。


「ま、待ってセリアン。シャーロット会ったんでしょう? 話を聞いてきたの? 詳しく教えてもらえないかと……」


 そこで言葉が途切れた。

 セリアンの冷たい眼差しに、凍り付いて。


「話は、今度にしよう」


 そう言ったセリアンは、今度こそ私を振り返らずに馬車に乗ってしまった。

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