第28話 約束の念押し

 するとセリアンが、なぜか嬉し気な表情になった。


「心配してくれるんだねリヴィア。もちろん、君は優しい人だからいつだって心配はしてくれているんだろうけれど……。でも少しは、僕がいなくなったら嫌だって思ってくれている?」


 セリアンが身を乗り出して顔を近づける。


「え、ええ。嫌だと思っているわ」

「それは結婚できなくなるから? それとも、僕と離れることになるかもしれないから?」


 セリアンの質問に、詰まった。

 離れることは不安だ。できれば離れたくないけど、でもその聞き方だと……まるで恋している相手みたい。

 ふっと思い出すのは、過去に聞いたポエムの数々。


 ――ああ、愛しいあなたと離れるだなんて、考えるだけで心が引き裂かれそう!

 ――君と一秒だって離れていたくはないんだ、愛する人よ。


 あんな恥ずかしいことを私が考えるなんて、ちょっ、むりむり!

 でも今はきっと、セリアンの方が不安なはず。私は結婚できなくなるだけ……社交界ではいろいろ言われて肩身が狭くなることもあるから。


 けど、セリアンは教会に戻ったら、聖女になったシャーロットから実害があるかもしれないんだもの。

 だからその。


「離れるのは不安だからよ。あなたが教会に戻ったらいじめられるかもしれないし……」

「それだけ?」


 セリアンが、何かをねだるように私の顔を覗き込む。


「それだけって……?」

「こんなこともする仲なのに、子供を心配するようなことだけしか、感じないのかなって」

「ひゃっ」


 ほんの一瞬でセリアンの顔が近づいて、その唇が私の頬をかすめていく。

 縮こまっておどろく私を見て、セリアンが笑った。


「もう、慣らさなくてもいいんじゃないの?」

「せっかく婚約したのに、それじゃ淡泊すぎないかい? 泣いて引き留めてくれてもいいと思うんだけど、リヴィア?」

「あなた、そんなことされたら困るでしょう?」


 セリアンだって私以上に淡泊な人だ。

 そもそも私に恋なんてしてないのに、本気ですがられても迷惑じゃないのかしら。それともそういう経験がしてみたかったから、こんなことを言うだけ?


「困らないよ、リヴィアなら」


 私ならって、セリアンは私にそんな風に思われたいということ? 恋をしてなくても、そう思うものなのかしら。

 困っていると、セリアンが冗談めかして笑った。


「でもね、にんじんの世話をする人間が減るから嫌だとか言われたら、どうしようかと思ったよ。さすがに結婚生活が不安になる」


 セリアンの言葉に私は吹き出した。


「いくらなんでもそんなひどいことは言わないわ。それに聖職者に戻されたら、結婚もできないじゃない」

「できるだけのことはするよ。リヴィアは心配しなくていい」


 こんな状況だというのに、セリアンは穏やかに微笑んでいた。


 

 それから数日。

 私は相変わらず、一人では外出しないようにしていた。だけど、どうしても外へ出る用事ができてしまう。

 教会の孤児院のバザーのために、布物を寄付しに行かなければ。


 孤児院への寄付やバザーへの協力は、貴婦人のたしなみとして広がっている。むしろしていない場合、資産が乏しい家なのか、慈悲深さが足りない一家なのかと白い目で見られる。

 そんなわけで、女手が私一になってしまった我が家では、私が寄付関係を一手に担っている。


 できれば他の人間に託したいけれど、弱小子爵家の令嬢に侍女なんてものはいない。あれはそこそこの家の女性が、行儀見習いや仕事の必要があって、貴族の女性に仕えるもの。


 私も、侯爵家とかに侍女として仕えた方がいいのでは、という話も持ち上がったことがある。

 もうちょっと家の財政が厳しかったら、そうなっただろう。

 お父様が「見栄を重んじるのも貴族だ」と言って、侍女の話は蹴ってしまったのだけど。


 だから私が出かける時に同行するのは、身の回りを整えてくれる召使いの誰かだ。私の場合、基本的にはイロナか、彼女が難しい場合には他の年若い召使いについてきてもらう。

 よって、貴婦人が自身で孤児院に赴くのがベターとされているこの慈善活動においては、代理ができる人もいないのだ。


「でもまぁ、教会の隣とはいっても、孤児院ならシャーロットに会う心配もないし」


 貴族男性に会う率も低い上、修道女が沢山いて人目もあるので、何かあっても大丈夫だろう。

 私は午後、イロナを連れて孤児院に出かけた。


 イロナに取次ぎをお願いし、孤児院の応接間に通された上で、我が家の財政的にも家の地位的にも後ろ指さされないだろう量の品を引き渡し、お礼の言葉だけ受け取って退出。

 馬車に乗って家へ帰る道すがら、


「あら?」


 見覚えのある馬車を見かけた。

 ディオアール家の馬車だ。しかもその先にある、王都の大聖堂の中へ馬車は入ってしまう。


「まさか……?」


 セリアンか、もしくはその両親か。件のシャーロットの要求に関して、教会へ話をしに行ったのだろうか。

 気になってしまい、一体だれが乗っていたのかだけでも確認したくて、御者に大聖堂へ向かってもらう。

 そうして大聖堂の近くで、停車した馬車から降りる人を見ることができた。


 ――セリアンだ。

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