第27話 今度こそ回避不能な事態?

「げん、還俗を?」


 驚きのあまり、出した声はかすれて小さなものにしかならなかった。

 おかげで少し離れた場所にいる人達の興味を引くことはなかったけれど。

 還俗、げんぞくって。


「セリアンを司祭に戻せというのですか? そこまでのことを要求できるんですか? 聖女になるというのは」


 その質問には、セリアンが答えた。


「聖女といっても様々なんだ。称号だけを与える場合は、品行方正に過ごしてほしいとか、聖女として教会の式典などに参加の義務ができる。ただ、持っている祝福が特殊な場合には、教会の中で暮らすことを求められる。

 住まう場所も行動も制限されてしまうことになるから、代わりに聖女になる人の願いを最大限叶えるということになってはいるんだけど」


 セリアンはそのまましばらく黙り込む。この状況について考えているのだろう。

 教会の中で暮らす……というと、祝福を他で安易に使わないようにさせたい、という場合なのかしら。教会が持つ特権として扱いたいような祝福だっていうこと?


「でも還俗って……大変だわ。家の後継のことで還俗したのに」


 確実にセリアンが継ぐかどうかは別として、万が一の場合には継いでくれる人間がいるとなれば、セリアンのお兄様達も安心してくれるだろう。けれどそれが無くなったら、お兄様二人もそうだけど、現侯爵夫妻も不安になるはず。


 しかもセリアンに執着しているシャーロットの願いによって、シャーロットが強い影響を及ぼす教会に戻すのだ。

 セリアンの処遇だって不安しか感じない。


 なんてことを考えていたら、アレクシア王女に笑われた。


「あなたはもっと自分のことについて焦るべきよ、リヴィア。彼が聖職者に戻ってしまったら、あなたの結婚だって暗礁に乗り上げるのではないの?」

「そうでした……」


 お父様が罠にかけられた結果とはいえ、マルグレット伯爵以外からは婚約の申し出はなくなっていたのだ。

 マルグレット伯爵はセリアンとの婚約を祝福している、という建前を通すしかなくなったはずなので、もう一度私と結婚する気はないだろうし、こちらもそれだけは勘弁してほしい。


 だからセリアンが司祭に戻って結婚できなくなったら……。私、本当に結婚相手が皆無の状態になってしまう。

 シャーロットのせいで作り上げられた悪評が薄れるのは、たぶん私が二十歳を越えた頃。するとどこかの貴族男性の後妻という話しかめぐってこないだろう。


 ……私も身の程を知っているので、さすがに二十歳を過ぎてから初婚の貴族青年が、私と結婚してもいいと言ってくれる、なんて夢は見ていないもの。

 そもそもシャーロットが、セリアンと別れたら私から興味を失ってくれるかもわからない。


「テオドール殿下と離れる条件もということは、国王陛下は教会から打診されているのですね、アレクシア殿下。僕を聖職者に戻すにあたって、ディオアール家の反発を抑えてほしいと」

「その通りよ」

「止めていただくことはできないのでしょうか?」


 思わず言ってしまってから、私はうつむいてしまう。陛下だって教会とことを構えるのは悪手だとわかっているはず。


 だから天秤にかけているのかもしれない。教会の要求を受け入れて、できるかぎり大きく恩を売るべきか、それとも教会の力を削ぐためにセリアンの一件を利用するべきか。

 テオドール殿下への影響のことも考えると、王家はセリアンのことをあきらめるだろう。

 案の定、アレクシア王女は言う。


「ごめんなさいねリヴィア。私を頼ってもいいなんて言っておきながら、今回のことはあまり力になれそうにないわ」


 国王陛下はシャーロットの要求を呑むことを決めたのだろう。


「貴重な情報をありがとうございます、殿下」


 セリアンはそう言って一礼した。彼に不安な様子が見られないことが、私は不思議だった。圧力をかけられる予定だとわかったのに、どうして冷静でいられるのだろうか。

 ああでも、セリアンにとっては元に戻るだけなんだわ、と気づく。


 お兄様達に家のことを任せて、同情で申し出ただけの私との結婚を止めるだけ。

 私のことは申し訳ないと思ってくれるだろうけれど。


 考えれば考えるほど、なんだか落ち込む。シャーロットに迷惑をかけられるのはセリアンなのに、私は一人で取り残されるような感覚に陥った。


「ま、覚悟をするなり何か対策をとるなり、がんばってちょうだい」


 アレクシア王女は、話は終わったからとその場を立ち去る。

 私は立ちあがって一礼して見送りつつ、ためいきを喉の奥に押し込みながら思う。

 セリアンも大変だけれど、私も覚悟を決めなければならない。



「リヴィア」


 すると、セリアンが私の手を掴んだ。

 振り返った私を、セリアンは手を引くようにして椅子に座らせ、自分も隣に腰を落ち着けた。


「前も言ったけれど、僕のことを信じていてほしい。何があっても」

「何がって……何かあるの?」


 不穏な言葉は二度目だけど、今の状況があまりに良くないものだから不安になって、じっとセリアンのことを見つめてしまう。

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