第26話 振り出しに戻る?

 バーンハルド伯爵のパーティーは、王宮で開催された。

 伯爵の妹が王弟殿下と結婚している。その二人が伯爵の結婚三十年を祝いたいと催したパーティーなので、王宮の広間を借りて行われたようだ。


 おかげで参加者も多い。

 王宮へ来る理由づけになるので、王に近い人物と繋がりが欲しい人間は来たがるのだ。


 そして王族が開催するとなれば、王族が出席する率も高い。

 だから今回はアレクシア王女もパーティーに出席していた。


 シャーロットがやってきた衝撃ばかり思い出してしまうが、あの日、王女殿下は予定通りにパーティーに来てくれていた。

 シャーロットがさっと引き上げてくれたから、王女殿下にご迷惑をおかけるすることはなかったけれど。


 自分の兄のせいで、問題を起こしそうな人物がパーティーに入り込む寸前だったことを気にして、アレクシア王女は「あの令嬢のことで何かあれば、少しは手助けしてもいいわよ?」と有難いお言葉もくれていた。

 だから私は、アレクシア王女にお会いしておきたかった。


 ……シャーロットが聖女候補と聞いてからは、なおさらアレクシア王女の力を借りられるようにしておきたい。


 聖女に現世の権力などないけれど、教会についての影響は強い。

 そして教会の権力は現世にとても影響する。すごく影響する。

 なにせ王や貴族達が権力を持っているのは、祝福の力のおかげだ。遠い昔の王や貴族達は、祝福の力を使って人をとりまとめて支配していった人達なのだから。


 その過程で、悪魔の力だなんだと反発が起きたこともある。それが治まったのは、教会が『祝福は神から与えられた力』だと認定したから。

 それまで祝福は、なんかよくわからない異能力、という扱いだったのよね。


 だから王や貴族は教会を大切にして、みんなに信仰するよう定めた。そのおかげで教会の説く神を信じる人がこの国ではほとんど。

 そんな教会に睨まれたら、領民には反抗され、他の貴族達にも遠巻きにされてしまう。ディオアール家であっても、そうなれば苦境に立たされるはず。


 もしそんな事態が起こったら、王家からの援助があるとないのとではかなり違う。特にしがない子爵家でしかないうちは、雲泥の差が出る。

 だからぜひ、アレクシア王女とは接触しておきたかった。


 とはいえ、王女殿下はいつだって人に囲まれている。それでもセリアンと一緒にじりじりと近づき、ようやくその視界に自分を入れてもらえるほど近くに行くことができた。


「アレクシア王女殿下、お久しぶりでございます。先日はパーティーにお越しいただきありがとうございました」


 私は深く一礼した。


「お久しぶり、リヴィア。私こそ招待してとお願いしてよかったわ。初々しい感じが素敵だったわよ」


 嫣然と微笑むアレクシア王女に、私は苦笑いする。初々しいと言われたものの、私の場合、婚約披露をするのは二度目なのです。

 セリアンは初めてでしょうけれど、落ち着いていて初々しさは感じなかったような。


「恐縮でございます」


 そう言って頭を下げるしかない。


「本当に、普通の婚約披露パーティーに出席できてよかったと思っているのよ? 私の婚約のお祝いは代理人で済ませたから、味気なくって」


 アレクシア王女は笑ってみせる。

 王女殿下の婚約者は隣国の王子で、婚約のためにわざわざ行き来することはむずかしい。


「まぁ、あちらも代理人で婚約を祝うパーティーを行っているでしょうし、婚約のためだけに遠路はるばる行き来するのも効率が悪いものね。……それはそうとして」


 そこで声をひそめた。


「あなた方、ちょっとやっかいなことになりかけているようね?」

「といいますと?」


 セリアンの問いに、王女殿下がにやっと口の端を上げる。


「シャーロット・オーリック伯爵令嬢」


 名前をつぶやいたアレクシア王女に、セリアンも微笑む。


「少し夜の庭などご覧になりませんか?」

「真っ暗でしょう?」

「きっと月がよく見えますよ」


 セリアンの先導で、私とアレクシア王女は一緒にバルコニーに出る。

 バルコニーまで行くと、ぐんと人の姿が減る。人の輪から外れて静かに話したい人などが出て来るばかりだ。


 そんな人々からも外れて、バルコニーから庭へ降りた場所まで移動する。

 庭は確かに暗かったけれど、会場から漏れる光で足元が見えにくくならない範囲に椅子があったので、そこに座る。セリアンは立ったままだ。


「何かお聞きになりましたか?」

「噂はまだ出回っていないけれど、雲の上では話が進んでいそうね。たとえば、聖女のこととか」


 話題を振ったセリアンに、アレクシア王女が鼻でふんと笑う。


「どちらでそれを?」

「兄よ。王宮内で話をしているのを聞いてしまったの。それでは自分との関係はどうするんだとか、あのシャーロットにすがっていたみたいなのよね。いつの間に、そこまでほだされたのか……」


 テオドール王子殿下は、かなりシャーロットにご執心の様子。きっと二人がいるところへ出くわしたら、すごい甘ったるいポエムが聞こえそう。

 でもきっと、テオドール殿下のポエムしか聞こえないんだろう。シャーロットはまだセリアンに想いを向けていたもの。


「それが二人の関係にしか影響を与えないのならいいのだけど。彼女のことについては、陛下もお悩みだったのよ」


 アレクシア王女によると、テオドール殿下の執着っぷりに、これでは万が一王妃に……という話が出たら、なんでもシャーロットの言いなりになる国王になってしまう。

 そうなるより先にシャーロットと引き離し、自分が故郷のことを心配せず、安心して嫁げるようにしてほしいと、国王陛下にお願いしに行ったらしい。


 物理的な距離を離して時間を置けば、問題が解決すると考えたからだそうな。

 テオドール殿下が執着し続けても、私の婚約者フェリクスや、他の男性からも思いを向けられているらしいシャーロットだから、接触ができないようにして一年か二年ほど時間を空けたら、他の貴族男性と結婚するだろうと踏んだらしい。


 シャーロットも適齢期。このまま結婚せずに二十歳を越えたら、売れ残りと言われてしまう。さすがにそれは避けるだろう、と。

 けれど国王陛下はもっと違うことで悩んでいた。


「一体、なんの悩みを?」


 問いかけられて、アレクシア王女はセリアンを指さす。


「あなたの家。いえ、あなたのことよ」

「僕ですか?」


 どういうことかと目を見開いていると、アレクシア王女が教えてくれた。


「シャーロットが聖女になること、兄テオドールから離れることを条件に、あなたの還俗を取り消すようにと言い出したの」

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