第21話 噂は広げられてるよどこまでも
エリスは心底同情した表情になる。
「あなたが戸惑うのもわかるわ、リヴィア。逐一知らせてもらっていた私もびっくりしたもの。
とりあえずそれを教えてくれた人にも、誤解だとは言っておいたわ。セリアン様の作った筋書通り、公爵夫人の趣向に乗って婚約を申し込むために、マルグレット伯爵の手を借りただけだって。
ただ、端から見ると、マルグレット伯爵にエスコートされて出席したあなたを、セリアン様が奪ったように見えた人もいたらしくて」
それで、噂を広める手伝いをしている人も存在するのだとか。
「たぶん、セリアン様と婚約したかった人とかなんでしょうけれど」
嫉妬ゆえに相手を陥れようとする行動をする……というか、少しぐらいいじわるして憂さを晴らそうとする人もいる。わかっていたけれど、気分の悪くなる醜聞だ。
「だから気を付けてと言おうと思ったの。でもシャーロット本人がいるなら、もう帰った方がいいわ。彼女と接触した時に、何を言われるかわからないもの。
むしろシャーロットがあれこれ噂を広めようとしても、私やフィアンナが否定するし、その方が穏便に収まるわ」
エリスがそう言うのもわかる。
噂を本人が否定しても、後ろ暗いからだと思い込む人も一定数いる。それよりは、他人が否定した方が信ぴょう性が増すものだ。
「わかったわ。教えてくれてありがとうエリス。そして迷惑をかけてごめんなさい。後であなたにもフィアンナにも、何か埋め合わせをするわ」
「なら、ディオアール家の婚約披露パーティーに出席できるだけで十分よ」
「それだけでは割に合わないわ」
「とにかく急いで。そのことはまた後で手紙でもちょうだい。私も今日これからのこと、何かあったら手紙で教えてあげるわ」
エリスに背を押されて、私は従うことにした。
シャーロットという妙な人にからまれてばかりだけど、いい友達がいて本当にありがたい。これからもうんと大切にしていこう。
そんなことを考えつつ、庭をこそこそと抜け、見つからないようエントランスに回り、待機していた使用人に自分の家の馬車を回してくれるように頼む。
「かしこまりました。では、お帰りのお客様にはお持ちいただくようにと言われておりましたので、こちらをどうぞ」
そう言って渡されたのは、小さいながらも綺麗な花束だ。華麗ながらもかわいらしいピンクの薔薇やカスミソウがまとめられたもので、婚約披露パーティーらしい雰囲気えお感じる。
私は花束を片手に、すぐ馬車に乗れるようエントランスの外で待っていた。
すると、知らない男が門の方からやってきた。
「やぁ、君がリヴィア・フォーセル子爵令嬢かな?」
全く知らない人だ。しかも最初に名乗りもしない。そんな相手に返事をするべきかどうか。少し考えて、私はエントランスに他にもいた使用人に声をかけに行こうとした。
おかしな人だった場合、この館の中から追い払ってもらわなくては。
「ああ、そんなに警戒しないで。俺はミカル・モンラードだ」
私が返事をしないのが、名乗らないせいだとはわかったようだ。
ミカルという人は、どうやら貴族らしい……と思う。衣服だけは立派だ。布地もしっかりとしたものだし、真新しい物だ。売られた古着を買い取ってまとい、貴族に見せかけているようには思えない。
名乗られたのなら仕方ない。応じなければと思うが、どうもこの人と長く話をするべきではない、と感じてしまう。
なんだか笑顔がべったりとした嫌な感じがして。
と、そこに折良く私の家の馬車がやってきた。
「婚約披露パーティーならもう始まっておりますよ。私はもう失礼しますので」
そう言って目の前に止まった馬車へ乗ろうと足を踏み出した。でも男は、リヴィアの右手を掴んで止めてきた。
驚きと怖さで、息をのむ。私がすぐ乗れるようにと馬車の扉を開いた御者も、馬車の中で待機していたイロナも目を見開いていた。それも一瞬で、彼らは私の腕を掴んだ男に抗議するためか、表情を険しくした。
でもこの男が本当に貴族だった場合、使用人である彼らの方が責めを負うこともある。イロナ達をそんな目にあわせたくはなかった。
「何をなさるのですか?」
私は落ち着いて聞こえるよう、低めの声音でそう問いただした。
「少し君と話をしたいと思って。良ければ俺の家の馬車で、ルディアーナ植物園に行かないかい?」
「いいえ。婚約が決まっている方がいるので。他の男性と出かけるのは……」
順当な断り文句を久日にしたというのに、ミカルという男は引かなかった。
「悪女だって評判なのに、婚約相手のことを気にするのかい?」
――悪女? そんな風に言われる筋合いはない。
ってシャーロットのばらまいた噂のことね? この人はそれを信じたのかしら。だとしても失礼な話だわ。
「どこかよそをあたってください。私、悪女ではありませんので」
冷たく言って手を振り払おうとしたけれど、ミカルという男はしぶとかった。
「そんなことを言わずにさ。君だって辛さのあまりに、そんな風になってしまったんだろう? 老人に誘いかけたあげく振ったりするだなんて……。誰かを破滅させたら気が晴れるだなんて思ったんじゃないのか?」
「は?」
辛さのあまりってどういうこと?
「俺も同じだ。君の気持ちはよくわかるよ」
「私、別に誰かを破滅させたいなんて思ったこともありませんけど?」
一方、ミカルという男は目をまたたいた。
「そんな強がりを言わなくてもいいんだ。それよりはひと時でも、俺と甘い時間をすごして憂さを忘れよう?」
だめだ言葉が通じないし意味がわからない。頭痛がしてきたけど、私はそれをこらえて、こから逃げるべく手を打った。
「……私の憂さ晴らしに付き合ってくださると?」
「そうだよ。ようやくわかってくれ……」
ぱっと笑みを浮かべる男の口めがけて、私は手にしていた花束をねじ込んだ。
本人に事実かどうかも確認せず、不品行を繰り返す女扱いした人には、この対応をしてもいいと思うの。
「もごげっぐほっ!?」
しゃべっている途中で花を口に突っ込まれた男は、驚いた後で慌てて口から花を吐き出そうとした。おかげで掴まれていた手も解放された。
私はこの隙に自分の家の馬車に飛び乗り、
「早く出して!」
急いで逃走した。
相手の男は馬車など側にはなかったから、追いかけてくることはなかった。
かなりの距離が離れてから、私は深くため息をつく。
フィアンナにお祝いの言葉を贈った後だったからいいようなものの、それでもおめでたい日になんてこと……。
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