第20話 とんでもない話を耳にしたので
とにかく婚約パーティーまでは、少し日にちがかかる。
早くお披露目したいとセリアンが要望してくれたので、可能な限り急ぐ日程になっているけれど。
なにせドレスも数日では仕立てられない。少し凝った刺繍を入れようものなら、月単位の時間が必要だ。料理だって、ちょっといい素材や変わったものを仕入れるのなら、やはり時間がかかる。領地にいる親族が王都へやってくるのだって、時間がかかる。
だからその間、私もちょくちょくお知り合いの家に出かけることもあった。
レンルード伯爵夫人のサロンへ行ってにんじんの面倒を見ることもそうだけど、普通にお茶会に誘われることもある。
そして今日は、自分の時の予習にもなるだろうと、他家の婚約パーティーへ出席していた。
「リヴィア」
天気が良かったからか、友人の婚約パーティーは庭で行うことにしたようだ。
比較的広い庭の石畳の上に、テーブルがいくつも設置されて、色とりどりのお菓子や料理が並べられている。
その合間を縫って歩み寄りながら声をかけてくれたのは、友人のエリスだ。
巻いた黒髪を結い上げたエリスは、爽やかな水色のドレスを着ていた。細身の彼女は、水の妖精みたいに見える。
「エリス、久しぶり。ねぇ今日の婚約パーティー……」
「あれから大丈夫だった?」
まずは今日のパーティーについて話をしようとした私の言葉を、エリスは真剣な表情で遮った。
「え? あの……マルグレット伯爵のこと?」
エリスにはマルグレット伯爵と婚約の話が進んだこと、逃げようがない状況を手紙につづって送ってしまっていた。もちろんその後、セリアンと婚約することになったので大丈夫だとも知らせたのだけど。
エリスに「あれから」と言われることといえば、マルグレット伯爵の一件しか思い浮かばないのだ。
でもエリスは首を横に振る。
「違うわ。私、妙な噂を聞いて……だけどその様子だと、違うみたいね?」
「噂?」
一体どいうことだろう。
すぐにでも詳細を聞きたかったけれど、婚約する二人の紹介やその両親たちの話が始まったので、口を閉ざす。
婚約するのは、私やエリスの友人フィアンナだ。
彼女の婚約者は家で決めた相手だということだけど、フィアンナ自身も気に入っている様子で、にこやかに婚約相手の青年を見上げたりしている。
微笑ましい姿を見ていた私は、無意識に自分の左手の指をこすっていたことに気づいて、あわてて離した。
あの日、セリアンにそこに口づけられてから、ついそんなことをしてしまうようになった。
たぶん今まで異性にそんな風にされたことがないから、気になってしまうんだと思う。フェリクスとはもっと冷たい関係だったものね。
でもセリアンが普通の恋人みたいなことをしてきたから……気になってしまうんだと思う。
彼にも恋愛感情はないはずだから、きっとそうするのが婚約者だと思って行動したのだと思うのだけど。
……うん、やっぱり私、ちょっと恥ずかしかったんだと思う。
結婚するんだし。こんなことぐらいでもぞもぞした気持ちになってる場合じゃないと思うんだけど、なんか新鮮な気分で……ちょっと悪くない。
セリアンのことを思い出しているうちに、話が一段落した。
その後は、みな婚約する二人やその両親に挨拶しに行く。
私も挨拶の列に並んだのだけど、何人かが私の方をちらりと見ていた。でも私と目が合うと、すぐにそらしてしまう。
「一体何?」
よくわからない。主役の二人もその両親も変な行動はしなかったし、ごく一部の人だけが変なのだ。
そこでようやくエリスと合流しなおしたのだけど。
「ちょっ。リヴィア、こっち」
エリスによって、会場の隅にまで引っ張って行かれた。
いや、隅どころか、近くの木立のかげにひそむような位置まで移動することになった。
「どうしたのエリス?」
「あれ、あれを見てリヴィア」
エリスが指さす方向にいたのは――。
「うわ……」
シャーロットだった。
美しい金の髪には薔薇を飾り、ドレスも淡い薔薇色のものを着ている。
本人が美人なだけに、とても目立っていたのですぐ見つけられた。
「え、彼女ってフィアンナ様と関係がある人だったの?」
今日の婚約パーティーの主役の片方とは、私もエリスも友人関係だから招待してもらっていた。彼女とシャーロットが親戚関係にあるとは聞いたこともないし、どうして参加しているのか。
「新郎側の親族が、彼女を同伴者として連れて来たみたい」
たいていの場で、貴族は必ずパートナーを連れて参加するのが常だ。その相手として、シャーロットを選んだ人がいたらしい。
「でもありがとう。私がいるとわかったらあの人、またお茶をひっかけに来たりしそうだものね」
エリスはその心配から、こうしてシャーロットを避けさせてくれたんだろうと考えてたけれど、もっと深刻な問題があった。
「それどころではないわ。シャーロットがあなたに関して噂をばらまいているらしいのよ」
「噂?」
「あなたがマルグレット伯爵を誘惑していたけれど、同時にセリアン様をも誘惑していて、男二人に争わせたって。結果、老齢のマルグレット伯爵は表立って争うわけにもいかずに身を引くしかなくて、もてあそばれたあげくに捨てられて可哀そうって」
「なっ……!?」
声を上げそうになって、私はがんばってそれ以上の言葉を飲み込んだ。
わ、わたしがマルグレット伯爵を誘惑したですって!? 一体なんでそんな話をでっちあげたのシャーロットは!
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