第22話 婚約パーティーのはじまり

 あんなことがあったので、私はもう外出するまいと決意した。

 変な噂を信じる人がいるだけならまだしも、誘いかけてくるような人がいるとは思わなかったので、正直怖い。

 花束を口に突っ込むような真似だって、何度も上手く行くとは限らないでしょ?


 そんなこんなで、婚約披露パーティーまで極力家から出ないようにして過ごそうとしたんだけど。

 たまたま事件の翌日、セリアンの家に訪問する用事があって行ったら、


「怖い目にあったと聞いたよ。でも何日も外に出ないのは、気が晴れないだろう? 僕と一緒なら、同じようなことはまずないから、今度迎えに行くよ」


 と言われてしまった。


「あの、セリアンにまだ話していなかったはずなんだけど……」


 手紙で知らせようか、訪問した時に会えたら話すべきかと思っていたら、先にその話題を振られた私はびっくりしてしまった。

 なぜ知っているの?


「ああ、君のところの召使いに……」


 イロナ!?


「君に困ったことが起きて、相談したいようだったら教えてほしいと言っていて。もちろん、君の秘密までは伝えなくていいと言ってあるよ。彼女もそれならと応じてくれたんだ」


 ちょっと涙が目に浮かびそうになった。

 イロナ……。お給金に上乗せして一時金を出すように手配しましょう。イロナが一番心配しているのは、領地の方で暮らしている娘さんのことだ。お金は貯めておけば、先々で何かあった時に私が側にいなくても、イロナにとっては助けになるもの。喜んでくれるだろう。


 おかげで私は、三日ごとにサロンや公園へ連れ出してもらえた。

 サロンは待ち伏せされたら嫌だからと、従僕に頼んでにんじんの世話をお願いしようと思っていたので、とてもありがたかった。水やりは伯爵夫人に頼んでおけるけれど、草取りなどは自分でしておきたいものね。


 ただ、公園で妙な人が声をかけて来そうになったりもした。けど、セリアンがいることで近づいてこなかった。


 他に心配だったのは、シャーロットが流した噂の広がりのこと。

 フィアンナの婚約パーティーでは、エリスとフィアンナが私とセリアンがいかに仲が良いかとか、以前からサロンに出入りしていてセリアンが見初めたんだ……という少し盛った話をしたことで、シャーロットは私の噂を広めにくかったようだ。


 おかしなことを言ってきたミカル・モンラードについては、調べた結果、貴族の親族だったようだ。その貴族の親族は……シャーロット。

 よくわからない「辛いことがあったんだろう」的な思い込みも、シャーロットが何かを吹き込んだみたいだ。


 そもそも遊び人らしく、浮名を流してばかりいる人なので、彼の話をあまり真剣に取り合う人もいなさそうなのだけど。シャーロットは彼に、一体どんな嘘をついたのか。

 でも噂が独り歩きして大げさになっているわけではなかったようで、安心した。


 そしてシャーロットは貴婦人たちにウケが悪いせいもあって、彼女が親しくした男性一人一人に自分で話をして歩いているので、噂の広がりが悪いようだ。


 そんなこんなでおかげで無事、婚約披露パーティーの日まで穏やかに過ごすことができ……。

 パーティーの当日、私は予定通りにディオアール家の館に朝から入り、支度にとりかかった。


「お嬢様、何度見ても素敵なドレスですわね」

「ええそうね。ありがとうイロナ」


 ディオアール家の衣装を整えるために借りた一室で、イロナがドレスを広げて見せた。

 セリアンが今日の婚約披露パーティーのために用意してくれたドレスだ。


 私の砂色の髪や少し日焼けした頬の色までも明るく綺麗に見せてくれる、深い色合いの赤。それでいて繊細なレースの飾りがふんだんに使われて、華やかだ。

 セリアンが詳細まで指定したわけではないだろうけれども、とてもセンスがいい。


 短期間しかなかったのに、よくこれほどのドレスを用意できたと、私は感心するばかりだ。やっぱり名家だからこそ、融通の利く仕立て屋か、専門のお針子でも雇っているのかしら?


「装飾品も特別に用意してくださったそうです」


 イロナと一緒にいた召使いが、ベルベットの箱を差し出して、そこに収められている首飾りや耳飾りを見せてくれる。

 深紅のルビーを中心にしたものだ。……正直、これに匹敵する価値がある装飾品は、亡きお母さまの遺品ぐらいしか持っていない。婚約披露パーティーのためだけにこれを用意したところから、ディオアール家の財力を感じる。


 うん……。うち、農業従事者が大半の領地だし。税収も比べるべくもなかったので、気にするだけ無駄よね。

 ドレスは着てみると、予想通りに自分を普段より良く見せてくれる。


「セリアン様のお見立ては素晴らしいですね。お嬢様への思いを感じますわ、イロナは」

「思いねぇ……」


 セリアンのは友情の延長と、お互いの打算の結果なのだけど。

 でも……と、つい指先をまたこすってしまう。

 最近のセリアンは、私と出かける度に指先に口づけるようになった。婚約者への礼儀なのだと思う。でも少し慣れてきた今になっても、どうも気恥ずかしい。


 同時に少し申し訳なくなる。

 セリアンがポエムを思い浮かべるほど恋をしているのならいいけれど、そうではないのに愛しているふりをさせているみたいに感じてしまうから。


 着替えの後、軽食を摘んでいるとセリアンがやってきた。

 支度が終わったことを、ディオアール家の使用人が伝えたのだろう。

 部屋に入ったセリアンは、一秒くらいじっと私の姿を見てから微笑んだ。


 ……思ったよりも似合っていなかったとかかしら。

 だって確率は低いけれど、もし見とれたとか綺麗だと思ったのなら、それなりのポエムが聞こえてきそうなものだもの。


「綺麗だよリヴィア。そろそろ時間だ、行こう」

「ありがとう」


 私はセリアンの言葉に礼を言って、差し出された手をとる。


 会場は、ディオアール家の館の広間だ。

 その人数を収容するために、庭に面した広いバルコニーまでテーブルや椅子が置かれている。


 個人的には、バルコニー席に座って綺麗な庭を眺めていたいけれど、主催側の私がのんびりするわけにはいかない。

 広間に早々とやってきたお客様が沢山いた。今日の招待客の総数は100名を下らないのだから、私やセリアンは今いるお客様に先に挨拶を済ませてしまう。


 ひと段落がつく頃になると、今度は開催日時ちょうどになっていて、その時間に合わせてやってきたお客様が、さらに広間へと流れ込んでくる。

 入口で待ち構えて、順次挨拶をこなしていった私とセリアンだったけれど。


「ようこそお越し下さいました、ローウェルド司祭」


 最後の方に集団でやってきたのは、セリアンが司祭の時に同僚だったりした聖職者の方々だ。

 私もにこやかに対応しようとしたところで……あることに気づいた。


 その中に、なぜかシャーロットがいたのだ。

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