第16話 セリアンの家族と顔合わせ
「外まで来てくれてありがとう。中で待っていてくれても良かったのに」
「きっと君が、怯えながら来るだろうと思って。先に僕だけが顔を合わせておいた方がいいかなと」
「……正直、助かったわ。ありがとう」
セリアンの配慮に礼を言った。なにせついさっきまで、父と一緒にぷるぷる震えていたのだ。セリアンを見てものすごくほっとしてしまった。
セリアンは館の中へ先導する。
「どうぞ、中で父と母が待っていますので」
「ありがとう」
セリアンに続いて、エントランスへ向かう階段を上がりながら、父が横でささやいた。
「本当に、お前と親しいのだな……」
まだ信じられないという目で、父はセリアンを見ている。
そう言われるのも無理はない。
セリアンは貴公子然とした、濃紺の美しい模様が織り出された上着を着ている上、元がやや長めの金の髪に緑の瞳の秀麗な美青年だ。
普通寄りの自分の娘が選ばれたことが、信じられないのだろう。
まさか利害の一致とか、にんじんで培った友情だとは思うまい。
そんなことを考えつつ、私はいよいよ侯爵家の館に足を踏み入れた。
「ようこそ、お待ちしていましたよフォーセル子爵」
ディオアール侯爵夫妻は、エントランスの中で待っていた。
さすがセリアンの父母だけあって、絵画の天使のようにほっそりとして美しいご夫妻だった。セリアンの金の髪色も目の色も父親の侯爵似らしい。
ただセリアンは遅くに産まれた子なのだろう。侯爵はうちの父より一回りは年上に見える。
顔立ちは侯爵夫人の方に多く似ているようだ。
応接間に通され、すぐにあたたかな紅茶がテーブルに並べられる。
ひとしきり社交辞令の挨拶をしたところで、父がおどおどとした顔で切り出した。
「この度は我が家には過分なお話をいただき、感謝申し上げます。ですが……本当にうちの娘でよろしかったのでしょうか……。その、王族のお嬢様を娶られることが多い王国きっての名家に、うちのようなしがない家の娘が嫁いでは……」
お父様は輝くばかりに麗しいご夫妻を見て、ますます不安になったのだろう。肩身が狭そうだ。
けれどディオアール侯爵はしわの刻まれ始めた顔をほころばせて笑う。
「いえいえ。こんなに早く縁談がまとまって、私どもも安心しているんですよ、フォーセル子爵。うちの長男がなかなか縁に恵まれないことはご存知でしょう?」
「はぁ……」
王族などに年の合う女性がいなくて、まだ結婚していないセリアンの兄のことだ。
「うちの慣例から、常に王族とつながりのある家から妻を娶ることが多いのは確かですし、体の弱い長男だからこそ、それに少しこだわりすぎましてね。そもそもこの慣例を厳守する必要もないのだからと、次男と三男のセリアンには、他国とのつながりが濃い家でなければ、何も気にせずに花嫁を選ぶように言っていたのです」
だからセリアンは、あっさりと私に声をかけたのか。
にしても、ディオアール侯爵の提示した条件なら、私よりももっと綺麗だったり、実家が裕福な家の令嬢もいただろうに。
私を助けるために、申し訳ないことをした……。
いまだにセリアンから私に対して、恋のポエムが聞こえて来ない以上、彼が恋愛感情から結婚を申し出てはいないことは変わりないのだ。
荷物を背負わせてしまったな……と考えていた私に、差し向いに座ったセリアンがお茶を勧めてくる。
冷めないうちにお茶をもう一口いただいた。
いいお茶だ。うちで使っている葉よりも、2ランクぐらい上だと思う。さすが侯爵家。
親同士が話している中で関係ない話をするのもと思い、いい味ね、と口に出さずに表現したくて、セリアンに微笑んでみた。
セリアンは応じるように微笑み返し、ケーキスタンドからマカロンや小さくカットされたケーキを取り分けて、無言で私に勧めてきた。
……物欲しそうな顔でもしていたかな。
でも甘い物は欲しかったので、フォークを手にとってありがたく食べさせてもらうことにする。
「それに、とても信頼できるお嬢様だとうかがっていますよ」
ディオアール侯爵夫人が、父親同士の会話にそっと自分の声をさしはさんだ。
侯爵夫人の目は、やけに楽しそうに私とケーキ皿に向けられている。
……物を食べると喜んでくれるタイプの方なんだろうか?
たまにいるのだ。自分の采配で用意した料理やお菓子を、しっかりと食べると喜んでくれる貴婦人が。
でも一人だけで食べているというのも、ちょっと肩身が狭い。しかし用意してくれた夫人に勧めるのもおかしいので、目と指先でセリアンに(そっちもケーキ食べる?)と聞いてみた。
(僕はいいよ)
(でも私一人で食べているのも……)
なんか落ち着かないじゃないですか。だからクッキーを一個、トングでつまんでみせる。
(じゃあ一つだけ)
そんなやり取りを経て、私はセリアンにさほど甘くないだろうケーキを取り分けて押し付けた。
セリアンも粛々とケーキにフォークを入れ始める。
そうしてもそもそと食べる方に注力をしはじめた私とセリアンを見て、ディオアール侯爵は楽し気に言う。
「それにとても気が合っているようです。合わない相手と一緒になることは、男女どちらにしても後々不幸なことですよ。かくいう私も、妻とは幸いにも気が合ったからいいものの、そうでなければやはり王族の流れをくむ家からは、花嫁をもらわなくてもいいと思っていたぐらいで」
「ご、ご夫妻が仲睦まじくいらっしゃるのは、だからなのですな」
父が、しどろもどろに応じている横で、私はセリアンと二人でむしゃむしゃとケーキを食べ終わる。
「もう一ついかが?」
「あ、はい。ではそちらのクルミのものをいただければありがたいです」
食べ終わった直後に侯爵夫人にすすめられて答えると、私のお皿にクルミ入りのケーキが二つも並んだ。
この調子で食べ続けると、私、持っているドレスのお腹周りを全部直さなくてはならない。
「あの、とても美味しいです。もしかして、お菓子専門の料理人をお雇いになっていらっしゃるのですか?」
「まぁ、そんなに褒めていただいてうれしいわ」
侯爵夫人がものすごく機嫌がよさそうに、ころころと笑う。
「実は私が自分で作りましたの。でも作りすぎてしまって。よろしければ、お持ち帰りにならない? リヴィアさん」
「は、はい。有難く頂戴いたします」
できれば婚約者の両親には気に入っていてほしい私にとって、否なんて返事はありえない。持って帰って家でも食べさせていただきますとも。
そんな私と侯爵夫人の様子を、侯爵様自身も嬉しそうに見ていた。
……この家の人の良い嫁の基準って、まさかお菓子をたくさん食べる女性だったりするのかしら?
首をかしげたい気持ちでいたら、セリアンまでも微笑ましそうな表情になっていたのだった。
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