第14話 結婚することはもう決まってしまったようです
「なっ……!」
叫び声ともつかない声に振り返れば、従僕と一緒にマルグレット伯爵が駆けつけてきたところだった。
私を追いかけてきたみたいだ。でもこの状況では抗議しにくかったらしい。
なにせ周囲はみんな祝福して笑顔で話している。自分が婚約するはずだったのに、と叫んだら、無様に他の男に婚約者を盗られた男と言われる。
しかも、子供ほどの年齢の娘とすすんで結婚しようとした変人となれば、堂々とは言えないだろう。
そんな人物でなければ、借金を負わせて結婚を約束させるような、回りくどい手を使ったりしないでしょう。
あくまで自分が悪い、もしくは望んだわけではなくて、先方から困った末にそう申し出られたから結婚する、という体をとりたかったはず。
嗜虐趣味があるなんてことも、他者に知られないよう隠していたのも同じ理由だろう。
しかもここで、セリアンはマルグレット伯爵の道を塞いだ。
優雅に微笑んでマルグレット伯爵に会釈する。
「この度は私達のために手を貸してくださってありがとうございます、マルグレット伯爵。僕が他の皆様を驚かせたいからと、彼女のエスコートまで任せてしまって。けれど父親以上の御年の伯爵でなければ、こんな役目を彼女の相手であると疑われずに任せることはできませんでしたので、本当に感謝しております」
「…………いや」
マルグレット伯爵はつぶやくようにそう発しただけで、口をつむぐ。
セリアンは我が意を得たりとばかりに微笑み、さっさと私の肩をだきすくめるようにして、公爵夫人達の輪の中に入ってしまう。
これ以上マルグレット伯爵が反論するわけもないとわかっていても、万が一のため、今の『私がセリアンの求婚を受け入れた』という状況を補強しておきたいのでしょうけれど。
「ええと」
私は戸惑う。人前でどう話していいのか。
だって打ち合わせていたわけでもなんでもない。セリアンが、気づいたら求婚を受け入れた状況を作ってしまっていたから。
でもほとんどセリアンが受け答えをしてくれた。
「二人はいつから交流があったの?」
「実は、とあるサロンに参加している彼女を、教会の用事があって訪問した僕が見かけて、友人になったのがそもそもの発端だったんですよ」
うん、まぁ嘘は言っていないわね。
セリアンが完全にサロンの一員になっていたとは言わないだけで。
「当時からリヴィア嬢のことを好ましく思っていましたけれど、僕は聖職者でしたから。そう簡単に婚姻ができるわけでもなく……。なにせ彼女は貴族令嬢です。聖職者の妻子は貴族としての籍から外れてしまいますし、そんな身分に彼女を置くわけにはと思い、気持ちを打ち明けることはしなかったんです」
ちょっと悲恋っぽい雰囲気が漂ったところで、周囲に集まっていた貴族の皆さんが、痛ましそうな表情になる。みなさんこういうお話好きですよね。
「けれど今回、還俗して家に呼び戻されましたので。それならばと彼女に気持ちを打ち明けたんです」
「よかったわねぇ……」
ご夫人方が、両手をにぎりしめて涙ぐんだ。
これもセリアンは嘘を言っていない。気持ちは打ち明けてくれた。結婚相手を探すのが難しいから、困ってるなら僕と結婚しないか? という感じで。
「今日、ここで求婚をして皆さんに公表したいんだと言われた時は、ちょっと驚きましたけれど。上手くいってよかったわセリアン」
公爵夫人は優しい親戚のおば様という表情で、ほほえましそうに言う。
いえ、私そんな計画は全く知りませんでした。
ただ公爵夫人の口ぶりだと、私はセリアンの計画を知らずにいて、だけどセリアンと良い仲になっていた状態だと思われていたらしく。
「みなさん改めて、二人を祝福してさしあげてくださいな」
そう公爵夫人が声をかけ、周囲の人々に拍手を送られた私は、ものすごく後ろ暗い気分だった。
「これで、今日のうちに僕から求婚したいと君の父上に話せば、君とマルグレット伯爵との婚約話は無くなるね」
「それはものすごく助かったわセリアン。あの老伯爵、ものすごい嗜虐趣味の変人だったから、いじめ殺されるところだったもの」
帰りの馬車の中で、セリアンと二人きりになった私は深いため息をついた。
今はあの拍手の直後だ。
万が一にもマルグレット伯爵が何か言ってこないように、早々に二人でパーティーを辞去させてもらった。
セリアンはありがたいことに、このまま私を家に送った上で、お父様に婚約の話をしてくれるらしい。
とても感謝している。私としては、あの伯爵と結婚させられるよりは、シャーロットと対峙したり、セリアンの親戚に白い目で見られるほうがマシというもの。
でも懸念がいっぱいだ。
「あなたはこんなことして大丈夫なの? マルグレット伯爵があなたに恨みをもつだろうし、シャーロットのこともあるし」
そもそも私を伯爵におすすめした元凶がシャーロットなのだ。なのにセリアンと結婚することになったと知ったら、何をするかわかったものではない。
「君がその女性に対抗しきれなかったのは、家の力のせいもあるだろう? うちと真っ向から喧嘩なんてできないから、心配しなくても大丈夫」
「だけど……」
家の力だけではなく、人を動かしての嫌がらせをされたらどうするのか。
心配する私の頭を、隣に座ったセリアンがぽんぽんと軽くたたく。
「僕の方は問題ないよ。それに君と僕の話は、明日には知れ渡るだろうから、今更じゃないかな?」
たしかに。こんな風に喧伝した状態で、今更セリアンとの婚約をとりやめるわけにもいかない。なにしろ婚約がだめになったら、あんな真似をしたセリアンの名前に傷がつく。
と、そこで思い出した。
「この指輪はいつ準備したの? そもそも私の指のサイズなんてよくわかったわね」
セリアンに身につけさせられた指輪は、驚くほどサイズがぴったりだった。測られた覚えもないのにと思ったら。
「ああ、それは君のところの召使いに頼んだんだ」
「召使い!?」
そんなことをした人がいたっけ……と考えたところで、私は思い出した。
そういえば数日前、イロナが指に指輪をいくつかはめては外し、というのを何度かしていた。かなりシンプルなものを。
旦那様が指輪のサイズを確かめておくように言いまして……と済まなさそうにしていたので、マルグレット伯爵が早々に指輪まで作ろうとしていると考えて、ものすごく疲れた顔をした記憶があるわ。
イロナには申し訳ないことをしたと思ったけど。
でもまさか、指輪の送り主が、実はセリアンだったなんて。
「それ、うちの家に伝わる指輪なんだ。サイズもちょうどよかったから、急いで直す必要もなくて助かったよ。結婚するしかなくなったんだから、大事にしてくれると嬉しいなリヴィア」
そう言われて、私は卒倒しそうになった。
ディオアール家の指輪。しかも代々伝わっているなら、相当な由来か価値があるものだ。
その指輪を凝視して、私はいまさらながらに、セリアンと結婚するしかなくなったことを自覚したのだった。
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