第13話 逃げた末に驚かされました

 今日のパーティーは、少し変わった趣向のものだった。

 最初は全員でテーブルにつき、食事を楽しむ。

 次にダンスや音楽を楽しんだ後で、その間に準備が整えられて、ゲームが行われるらしい。


 そのゲームの内容が問題だ。


「初代王の故事になぞらえて、王妃を探し当てるゲームをいたしましょう」


 食事中、主催である公爵夫人が、にこやかに説明してくれた。


 私達の国の初代王は、王位継承の争いの末にその座を勝ち取った人だ。当時は王が跡継ぎもないまま亡くなってしまい、血縁のある臣下が王位をめぐって争っていた。

 結果、帝国だった元の国は二つにわかれ、私達の国エレントリアともう一つの国ができたのだけど。


 初代王は戦の協力者を求める中で、他の王位継承者がさらった大領地の姫を、見事救い出した。彼女はのちに王妃となり、初代王を支え続けたのだ。

 という故事に基づいて、参加者のうち女性達は館のあちこちに隠れ、それをパートナーが見つけるというゲームを行うのだとか。


「…………」


 はっきり言って、人目につかないところでマルグレット伯爵に探し当てられるのは心底嫌だ。

 それだけではなく、これでマルグレット伯爵に探し当てられたら、結婚の約束をしている相手だと披露するも同然。


 というか……これ、それとなく出席者の中で婚約が決まっている人を紹介するためのゲームだわ。


 おそらくは招待状に『婚約の予定がある方にも、ぜひご出席いただけるようお声がけください』とか、『婚約者をそれとなく紹介するゲームを予定しています』とか書いてあったのではないだろうか。


 テーブルについた人々を見回せば、主催である公爵家の縁戚だろう人(セリアンも含まれる)達以外は、婚約するだろうと噂になっていた令嬢と貴公子の二人で出席している人も多い。

 マルグレット伯爵のような人が、こんなゲームを行うパーティーに出席するのもおかしい話なので、わざわざこのパーティーを選んだのだろうことがうかがえる。


 ついでにマルグレット伯爵は、隠れて逃げようとする私を捕まえるのを、楽しみにしていそう……。ああいやだ。


 ゲームの開始を宣言した後、主催の公爵夫人が私ににこやかに声をかけてくださった。


「さあ、ご自身の未来の王様が迎えに来て下さるのを、楽しみにして待っていてね」

「はい……」


 あまり顔を合わせることも、話をすることもなかった公爵夫人が親し気に言うことに不思議に思ったけれど、きっと婚約が決まった相手がいる参加者を把握しているだけなのだろう。

 はいとしか言えなかった私だが、私は絶対に伯爵に見つかるわけにはいかない。

 私は公爵夫人に会釈するなり、素早く姿を消した。


 実は私、この公爵家のパーティーに、一度だけ参加したことがある。

 その時はお昼の、令嬢ばかりのお茶会だったのだけど。

 だからこそ館の全貌をしっかりと見ていたので、見つからない場所にもアテがあった。


「優雅に待っていられるような場所になんて、隠れていられないわっ!」


 他の令嬢達が向かう、温室だとかバルコニーなどに用はない。

 私は庭に出て、噴水の側に座を定めた令嬢の横をすり抜けてさらに奥へ。

 貴族令嬢がまず来ないだろう、庭師小屋の近くにある、低木の茂みに身をひそめた。


 使用人の住居の近くに隠れようなんて貴族はまずいない。子供ぐらいのものだ。

 そんなところに隠れるとは思わないので、マルグレット伯爵も来ないだろうけれど、念のためいつでも逃げられるように、周囲を警戒していたら。

 くくく……笑い声が聞こえてぞっとした。


「ここまで探しに来るまいと思ったのだろうな……可愛いことだ。逃げおおせることなどできないというのに」


 ちょっ、ここまであとをつけてきたの!?

 だめだ急いで逃げよう。

 なるべく音を立てないようにと思うけど、地味なものとはいえ裾の広がったドレスではなかなか難しい。


 すぐに追いかけてくる足音がして、振り返ると意外と健脚なマルグレット伯爵が追いかけてくる。しかも歩幅があちらの方が大きいので、おしとやかな動きではすぐに追いつかれそうだ。

 せめて足場の悪い庭ではなく、建物の中を移動しようとした。


 けれど庭から館に入ったところで、廊下の奥からマルグレット伯爵の従僕がこちらに気づき、駆け寄って来た。


「ひっ……!」


 もう見た目になどかまっていられない。裾をしっかりと持ち上げて、私は猛然と走り出した。

 目についた階段を上った瞬間、あ、これ詰むんじゃないかしらと思ったけれど仕方ない。

 もうどこかの窓から階下に落ちて、怪我でもしてやるわと思ったのだけど。


「おいでリヴィア」


 やわらかな響きの声。振り返ったそこには、扉からすっと差し伸べられた手。

 私はその手の持ち主を知ってる。いつもスコップを握っていた手を、見間違えるわけがない。

 迷いなく手を掴むと、部屋の中に引き入れられる。


「セリアン!」


 小声で名前を呼べば、セリアンは微笑んで「あの伯爵から逃がしてあげるよ」と言ってくれた。

 ああ、さすが私のしてほしいことを察してくれる人だ。

 感動しながら彼に手を引かれて、そのまま部屋のベランダから外へ。この部屋には、庭に降りる階段があったようだ。


 そうして庭に出たところで、セリアンはなぜか私をダンスをしていた会場の前まで連れて行く。

 ああなるほど、と納得する。

 セリアンは私を見つけたのは彼だということで、マルグレット伯爵と婚約の話が決まっているとはわからないようにしてくれるつもりなのだ。


 でもこれでは、セリアンに迷惑をかけてしまう。シャーロットのこともあるのに申し訳ない。


「セリアン、ここまでしてしまったらあなたの立場が……」

「大丈夫、君を見つけたのは僕だと宣言しなくても、君が伯爵から逃れられる方法があるんだ」


 にこやかに手を引くセリアンに導かれ、私は大きく掃き出し窓が開かれている広間のバルコニーに上がった。

 私達に気づいて、広間で若い男女が戻って来るのを待っていた主催の公爵夫妻や、年配の参加者たちがこちらに注目し、近づいてくる。


「え、でもこのままじゃ……」


 なし崩しに私とセリアンが婚約者と思われるのでは? と続けようとした言葉が途切れる。

 鮮やかにセリアンが私の頬に口づけたから。


 人が見ている前で! と私は絶句する。

 こちらを見ている人々が「あら」とか「まあ」とか言っている中、セリアンは次に私の手を持ち上げて、するりと指輪をはめてしまう。


 ――右手の薬指に。


 そのまま膝をつき、セリアンは言った。


「結婚を承諾してくれて嬉しいよ、リヴィア。一生大切にするから」


 ……まさかの結婚宣言。しかも私が承諾した体で。

 聞いていた周囲の人が拍手を始め、明らかに私とセリアンが結婚の約束をしたことが公表される事態になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る