第6話 ダンスがこんな苦行だなんて
……ダンスで様子を見るって一体何?
変なことを言う人だと思ったけれど、断るわけにもいかない。
私は初対面のマルグレット伯爵に手をとられて、ダンスの輪の中に加わる。
その時かかった音楽が、ワルツだった。
手を組み肩に触れるようにして立つ。
背丈の差は問題ないけれど……ちょっ、この老侯爵、なんだか腰に触れる位置が下すぎやしません?
おかしいと感じたものの、たまたまそういう位置に手が当たってしまっただけと思いたかった。でもほんのしばらくの時間で、それが勘違いではないとわかる。
たまに指が動くのよ。
ぞわぞわーってするような、嫌な動き。
それ以上のことはしないけど、もう十分に私は察した。
――この人、体裁のために後妻を娶ろうとしているわけじゃない!
「むぐぎぎぎ」
嫌悪感に唸り声がもれそうになる。
万が一そのまま嫁ぐことになっても、高齢の方だし、名目だけの妻になるのなら、貞操の心配はないだろうと考えていた。だから少し、このまま結婚しても修道院にでも入ったと考えてあきらめるつもりだったんだけど。
どうしよう。これは良くない。
さすがにお父様よりも年上の人と、口づけをする自分を想像して、ぞっとする。
お父様は本当にそれでいいの!? と思ったけど、遠くからこちらを微笑ましそうに見ている姿からは、娘が貴族と結婚さえできればいいというのが、心底伝わってきた。
絶望だ。
平常時ならまだしも、最後の娘まで貴族と普通の結婚ができないかも、という焦りで、お父様は目が曇っているのだきっと。
かといってここでマルグレット伯爵の機嫌をそこねるようなことをしても、お父様の株を下げるだけ。ついては娘である私の評判も駄々下がりして、本気で結婚相手がいなくなる。
困っているうちに、曲が終わる。
ほっとしたものの、マルグレット伯爵はまだ踊る気満々だ。広間の中央から立ち去る気配が全然ない。
ええー、もう嫌なんですけれど。
あやうくしかめっ面をしかけた私だったけど、次の曲を聞いて気をとりなおした。
カドリールなら、ずっと腰に触れられるわけではない。
男女八人で一つの組をつくって、その中で行ったり来たりを繰り返しながら踊るダンスだ。
あと一曲だけ我慢しよう。そうしたら、家に帰ってから冷静に考える時間が持てるもの。
それに私だって、破天荒なことを堂々とする勇気はない。表面上だけでも穏便にすごせるなら、それに越したことはないと思っているのだし。
そんなだから、畑を王都の館の庭に作りたくても我慢しているし、お父様の言う通りにお見合いをしたり、フェリックスと婚約をしていたのだけど……。
とりあえずカドリールを踊ることにしたものの、同じ組に、先ほどまでは近くにいなかったはずのセリアンの姿を見つけた。
一緒にいるのは、セリアンの家とは親戚にあたる伯爵家の令嬢だ。今日は彼女をエスコートしてきたのかしら。
それについてはどうとも思わない。今日出席するつもりだったのなら、かなり以前からエスコートの約束をしていたはず。……女性はドレスの用意とか、支度に時間がかかるから、急には応じられないもの。
むしろ私の方の状況に、セリアンが何を思うのかが怖い。
同情からとはいえ、結婚の話をした相手が、高齢の男性とはいえ、見知らぬ男と一緒にダンスを踊っているのだから。
さすがに傷つくかしら……。そこが不安になる。
私は、優しい友人に嫌な思いをさせたくはない。セリアンに何か問題があったわけじゃないのだし。父が強引に話をすすめてしまっただけなのだが、それを説明したくても隙がない。
相対する側の女性と入れ替わるようにして、セリアンの隣に行くこともあるので、その時に……と思ったけど。いざとなると、意気地なしの私は気が引けた。
セリアンに手をかしてもらい、一回転して戻る隙に、せめて「ごめん」と謝ろうか。
それとも思わせぶりな言葉だけ先に言うと、逆にセリアンに変に思われるだろうかと迷う。
そんな私を迎え入れるように手を触れあったセリアンが、小さな声でささやいた。
「庭に出られるかい?」
はっとした。セリアンは事情を聞こうとしてくれてるんだ。
私は「もちろん」と返し、すぐにまた元の場所へとダンスの流れ通りに戻る。
その後も、ダンスの間にセリアンと隣り合うこともあったけれど、彼はそれ以上のことを言わなかった。
でも事情を話す機会があるだけで十分だ。
問題は、この後もマルグレット伯爵に拘束されてしまったら、庭に出られないことだったけれど。
「なかなか素直なお嬢さんのようだ。後日またお会いできるのを楽しみにしてますよ」
マルグレット伯爵はお父様にそう辞去の言葉を口にしてくれた。
ほっとする。
伯爵の様子見には合格した件については、ものすごく嫌だけど、とにかく今日はこれで伯爵の側から離れられるんだから。
けれど去り際、マルグレット伯爵が私にささやいて行った。
「結婚したいのなら、他の男には媚を売らないように」
「…………」
背筋がぞっとして、私は返事ができなかった。
わからないように口も動かさないようにしていたのに、セリアンと一言交わしたことを見とがめられた。そう感じたから。
もしかして、セリアンとこの後で会ったら……伯爵に叱責されるようなことになる?
いや、それでもいいのだ自分は。
友達と会話をするだけで不品行だと思って、婚約の話をなかったことにしてくれるのなら万々歳。
思い切った私は、一つ深呼吸してから、まずお父様に一言物申しておくことにした。
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