第7話 夜の庭で待ち合わせ

「お父様」

「な、なんだ?」


 にらみつけると、お父様も後ろ暗いことがある人のように視線をそらした。今回のやり方は強引だった自覚はあるのだろう。


「なぜ先に、引き合わせることを私に教えてくださらなかったのですか? そもそも、引き合わせるどころか、すでに決定事項だったようですね? 私には結婚相手を見つけて来いとおっしゃったのに。そのご説明をしていただけませんか?」

「いや、その……」


 お父様は両手を組み合わせて一歩下がる。


「お前には悪いとは思ったが、今のうちでなければいつ伯爵の気が変わるかわからなかったのでな。とにかく結婚はできるわけだし、これでお前の変な噂も消える。年は気になるだろうが、先方も高齢だ。しばらく我慢さえしたら、ある程度の財産分与を受け取ることもできるはずだ」


 どうやら、お父様は私をなんとしても結婚させ、ついでに遺産も狙えると考えて、あの伯爵に嫁がせようとしているらしい。


「けれど年の差がありすぎです。子供も望めないでしょう?」


 マルグレット伯爵の年齢なら、すでに跡継ぎもいるはずだ。本人にいなくても、親族から跡継ぎを指名しているはず。

 それでも後妻を娶るのだから、対外的な場での妻が必要と考えてのことだろう。跡継ぎが決まっているのなら、遺産などもらえるかどうか。

 子供がいたら別だけど……と思った私だけど、お父様はとんでもないことを言い出す。


「子供はいい。財産分与が終わったらお前は家に戻ればいい。家はマリエラの子供に継がせるしかないだろう」

「それは……」


 私はお父様の考えを察して、それ以上言葉にできなかった。

 お父様は、私に結婚で得た財産をもって家へ戻らせ、その財産をそのまま家の資産にしてしまおうとしている。

 そこまではまだ理解できる。そういうことをする家はいくらでもあるから。


 でも私は……もやもやとした気持ちになる。

 跡継ぎにするマリエラお姉様の子供の養育にかかわるでもなく、未亡人として居候し、お金だけ出す存在になるように、と言われているのだから。


 お父様は、私の幸せを願って結婚するようにと口うるさく言っていたのではないの?

 そんな言葉を口に出せず、唇をかみしめる。


 しかも、名目上の妻ではないのなら、私にはかなりの苦行になる。耐えて結婚をした結果がそれでは、むなしすぎた。


 うちの財政的には、私がひっそりと一人で暮らせるように、領地の中に一つ家をくれるという気もないだろう。

 館の隅で目立たないように余生を送るしかない。

 子供を養育するのは姉だろうし、私のことを理解はしてくれているだろうから、もしかしたら野菜を育てることぐらいは見逃してくれるかもしれないけど。


 でもお父様が今度こそ、と貴族らしくなるよう教育した通りに子供が育ったら?

 家庭菜園を外聞が悪いと嫌がられたら、さすがに当主になった子供の言うことを聞かないわけにはいかなくなくなる。それでは老後の楽しみもない。


 お父様は私の評判だけを気にしているのだろう。でも今まで育ててくれた恩があっても、これはちょっとひどい。


 かといって、この国で父や夫、もしくは実家の援助もなく生きていくのは難しい。

 もはや平民の修道女と同じ厳しい生活を覚悟して、修道院に駆け込もうかしら。でもすぐに連れ戻されるに違いない。

 伯爵が結婚をする気でいる限りは。


「とりあえず、わかりました。少し飲み物などもらってきます」


 私はそう答えてお父様から離れ、セリアンを待つべく庭へと降りることにした。

 一晩ゆっくり眠ってから、案を考えたかったのだ。


 バルコニーから外へ出て、私は上掛けが必要だったかもしれない、と泡だった肌をさすりながら考えた。

 まだ夏まで時間があるけれど、温かい日が続いているのに、夜になると空気がかなり涼しい。


 パーティードレスでは、いくらか肩を晒す形になっているので肌寒い。

 かといって戻ったあげく、お父様に回収されてさっさと家に帰らされては困るので、我慢するしかない。


「にしても、庭のどこにいればいいのかしら」


 セリアンは「庭」としか言わなかった。

 でもこちらの状況を察したからこそ、小声でひっそりと待ち合わせを持ち掛けたのだと思うので、人からは見えにくい場所に行けばいいだろうと思いつつ、庭の奥に進む。


 人目にすぐつかなくて、でも見つけにくくはない場所。

 どこが該当するのか考えていた私は、月光をはじいて煌めく噴水から少し離れた場所に、三人ほどが据われる木の椅子を見つける。


 配置からすると、噴水とその周囲の花壇を静かに眺めるために置かれたもののようだ。

 これなら待ち合わせをするのにちょうどいい。

 そう思って近づいた私は、椅子の側に立っていた人にようやく気付く。


「セリアン」


 すでに彼は、そこで待っていた。私の声に、片手を挙げて返す。


「きっと君ならこのあたりに来ると思って」

「予想通りのことをしててよかった。行き違いになったら探す手間も時間もかかるものね」


 側に歩み寄ると、セリアンは微笑む。


「その合理的な考え方、とても助かるよ」

「? どこが?」


 何かセリアンを助けるようなことを言っただろうか。不思議に思っていると、セリアンは言う。


「行動の先読みをして現れると、たいていの人は気味悪く思うみたいだから」

「ああ、そういうことね」


 納得した。セリアンには確かに人の行動を読んで、その先の行動をしてしまうことがある。

 にんじんの種が欲しい時に、何も言わなくても手に乗せてくれるとか。スコップが欲しい時にも、目で探した時にはすでに差し出されているとか。水を撒こうとしたときには、セリアンがじょうろをもって撒きはじめていたりとか。

 いたれりつくせりで、畑仕事がはかどるので私は助かっている。


「手っ取り早くていいと思うんだけど」


 どこがダメなのかよくわからない。


「リヴィアはそのままでいいんだよ。それより、少し人目につかない場所へ行こう」


 うながされて、私達は噴水からさらに遠ざかった場所へ移る。

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