第5話 お父様にしてやられました
セリアンが「結婚しよう」と言ってくれたけど、早々に乗ってしまわなくてよかった。
あの時返事をしていたら、今頃セリアンにエスコートされて、おおいにシャーロットに恨まれていただろう。
でも私にも、気心の知れた相手との結婚生活への未練があったのだろう。シャーロットの側に近づいてみてしまったのだけど。
『ああ、いつかその日が来るんだわ。あなたを手に入れたい……。あなたを思う通りにできるようになりたい』
ポエムが聞こえてしまった上、ぞっとした私は、慌てて側を離れた。
セリアンには結婚という意味で近づかない方がいいだろう。恐ろしく執着していて、とっても怖い!
彼女に注意するようセリアンに手紙を書かねば。シャーロットから遠ざからないと、セリアン自身も適度な人と結婚できなくなってしまう。
「もしセリアンが彼女でもいいと思ったら……友達を一人、無くすことになるのかしら」
なんだか、どちらに転んでも、セリアンとの縁が遠くなる運命だったのかも……なんて思えてきた。
ちょっとがっかりしながら、私は会場内を、セリアンやシャーロットから離れた場所まで来たのだけど。
「リヴィア。ここにいたのか」
呼びかけ振り返ると、そこにいたのは自分の父と――見慣れない老齢に差し掛かった外見の男性。
あ、これマズイ。
見た瞬間に私は感づいた。
お父様、たしか高齢の貴族との結婚がどうのこうのと言っていた。
きっとこの人は、釣り書きの人だ。
まさか、私が嫌そうにしていたからって、お姉さま方みたいに逃げないように、先手を打つことにしたの?
私の予想を肯定するように、お父様が満面の笑みで老齢の男性に私を紹介する。
「これがうちの娘のリヴィアですよ、マルグレット伯爵。着飾ればなかなかだと思うのは、親の欲目かもしれませんが、性格も大人しくて実に優しい子に育ちまして……」
「そうですか」
マルグレット伯爵はお父様に短く返し、じっと私を見た。
……値踏みされてる。
ポエムのように心の声が聞こえなくても、そういうものは誰だって視線でわかるだろう。この老伯爵は、私のことを自分の家に飾ってもいい壺なのかどうか、を見定めているのだ。
私の性格に好意を抱いてくれた、という可能性は無くなった。
中身よりも、外見がひどく劣っていないか、とか。本当に大人しいのなら、自分の邪魔をしないだろう、とか。そういうことを重視しているんだろう。
「…………」
商品扱いされるのは、気分が良くない。
でもお父様のこの口調だと、すでに老伯爵にこちらから売り込みをしてしまった後なのだ。
なのにこちらから断るようなことをしたら……おそらく、領地の商売的にも問題が発生するだろう。
せめて、マルグレット伯爵が私のことを「気に入らない」と言ってくれたら。なんてねがってしまう。
先方から断られる分には、どこにも角が立たない。
けれどその願いは泡のように消えてしまった。
「いいでしょう。浮ついた様子も少ないし、従順そうですからな」
マルグレット伯爵の言葉に、私はため息をつきそうになって、唇を引き結んでこらえた。
今ここでそんなことをしたら、お父様の立場をつぶしてしまう。
だから少しでも、この方との結婚でいい点を思い浮かべようとした。
でも今のところ、シャーロットにこれ以上恨まれないことと、セリアンと友達でいられそうなことぐらいかしら?
とにかく今後は、お父様の顔を立てるためにも、二度か三度はこのマルグレット伯爵の出るパーティーに出席したり、伯爵の家に挨拶に行くぐらいはしなくてはならないでしょうね。
でも、マルグレット伯爵に愛想をつかされたくなったら、婚約期間中に身持ちの悪い女のフリをしてみるしかないかしら?
シャーロットのせいで婚約が破談になった話が流れていることだし、それを利用したらなんとかなるかも?
でもお父様の評判が、私の評判と一緒にさらに低下しそうだし、貴族の子弟との結婚がますます遠のきそう。
もう少し、私が対策を立てる時間があればもっと良い手を思いつけたのだけど……。
いや、正式に婚約を交わすまでは、もう少し時間がある。
家に帰ってから、落ち着いて考えよう。なんて思った時だった。
「では一曲、娘と踊っていただければ」
揉み手のお父様が、そんなことを言い出す。
え!?
そんなことをしたら、マルグレット伯爵とお父様だけではなく、私とまでなんらかのつながりができたことは間違いなく周囲にバレるし、婚約の話をしているのだと察されてしまいかねない。
なにせ、お友達という関係ですらなかった相手だもの。
お父様を睨むけれど、全くこっちを見ちゃいない。
マルグレット伯爵の方は……あ、なんか嫌な笑い方。ニヤって感じの。
「いいでしょう。近いうちにあちこち連れ歩くことになるのですから、その様子を見させてもらいますよ」
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