第2話 結婚相手を見つけるのは難しい……はず?
フェリクスの家は、シャーロットの家と商売上のつながりがあったらしい。
そんなシャーロットのオーリック伯爵家が、私がシャーロットにいじわるをしたことから、婚約をしているフェリクスの家との商売を遠慮したい……なんて話が持ち上がったのだとか。
これでは自領の産業が立ち行かなくなる、という理由で、フェリクスの家は婚約の方を白紙にすることにしたらしい。
……シャーロットに自分からかかわったことも、いじわるをしたこともなかったんだけど。
父は婚約して半年も経ってからの申し出に、すごく怒っていた。
けれど婚約期間は、本当に結婚をしても大丈夫なのか、熟考する期間。婚約して交際を始めてから、相手の問題がわかることもあるのだから。
そのために破談になった際の取り決めもしているので、今回の婚約は、あらかじめ合意していた違約金をもらって破棄することとなった。
私としては、先日のお茶会の件があったので、「やっぱりそうなったのね」と思っただけだった。
嫁いだ後になってから、シャーロットにぞっこんのフェリクスに大事にされないとか、不遇な立場に追いやられて困ったことになるよりは、マシだろう。
結婚してしまえば、妻の立場はそれほど強くない。愛人を連れ込まれても、実家から抗議をしたところで、夫が強行することなどザラだ。
それに今回の理由からすると、結婚後はあの謎な行動をするシャーロットの家と交流しなければならなかったのだ。
わけのわからないことに巻き込まれたりするより、破談になってよかったのだ。
でもそれからも二度、私はシャーロットに絡まれてしまった。
一度目。
新たな婚約の話が持ち上がり、その相手とパーティーで顔を合わせていたら、突き飛ばされたと言いながら、派手に横から滑り込みをされた。
相手は顔合わせからケチがついたのが嫌だったのだろう、ご縁がなかったのかもしれないと言い、話は立ち消え。
二度目はさすがにパターンを変えてきた。
自らテーブルにぶつかって茶器を倒した彼女は、そこに座っていた私にお茶をかけられたと言ったのだ。
騒ぎになった後、その頃父から婚約の話を持ち掛けられていた子爵家から、
「なんだか変な子に目をつけられている娘さんとのお話は、ちょっと……」と言われてしまい、遠慮された。
そして父は額に青筋を立てながら、私に言った。
「リヴィア」
「はいお父様」
「もうお前にはこの縁談しか残っていない」
王都の館にある父の執務室に呼び出された私は、釣書を差し出された。
マルグレット伯爵という人のものだ。領地は隣だけれど、40も年が離れた人だ。正直、お父様より年上の人はご遠慮させていただきたい。
だから私は言った。
「それぐらいなら私、修道院に……」
「修道院の寄付金がいくらになると思っている。セレナだけでも大変だったろう」
「あ……そうでした。お姉様に先を越されていましたね、私」
一番目の姉セレナは、一度は婚約した。
けれど婚約相手が浮気をする質で、セレナお姉様は三角関係からの痴話げんかに巻き込まれ……。結婚が心底面倒になったセレナお姉様は、傷ついたふりをして上手いこと修道院へ入ってしまったのだ。
お父様は娘を婚約させるのが初めてだったので、たいそうセレナお姉様に同情し、その通りに配慮していた。
当のセレナお姉様からは一月に一度手紙が来るけれど、なかなか楽しく暮らしているようだ。
――男なんてもう面倒! 機織り楽しい! と。
「では領地に一度引っ込んで。変な噂が消えてからでは……」
「マリエラはそれで、分家の男と既成事実を作って結婚したんだったな」
「う……」
二番目の姉マリエラは、領地で暮らすのがとても好きだった。
領地の館からなかなか王都に出て来たがらず、畑を眺めながらのんびりしたい……という、周囲からすると覇気がないと言われるような人だったのだ。
私もその気があるので、気持ちはよくわかる。
そんなマリエラお姉様は、なんとか領地に居続けようと画策した。
婚約者候補との顔合わせの度に嫌われるように仕向け、領地に戻るなり目をつけていた分家の従兄と既成事実を作ったのだ。
……お父様は二人を結婚させるしかなくなった。
そして残った私を絶対に貴族の子息と結婚させると息巻いて、数年前から私は王都の館で暮らし続けることになってしまったのだ。
ああ、農地が広がる領地に帰りたい……。
「もうお前しかいない。我がエストリオール家のため、良い縁を見つけてきてもらわなくては」
お父様が怖い顔で私に宣告した。
なにせ田舎の領地しかない我が家。体面を保つお金にも苦労するため、父はそこそこの家とつながりを得て、農産物をもっと売りたいという、ささやかな野望を持っているのだ。
私も領地が少しでも裕福になるのなら、という気持ちがあったので、さして交流がなかったフェリクスとの婚約にもうなずいたのだけど。
「マリエラの時のように、問題を起こされては困るからな。出かけるときには侍女を二人つけて監視させる。なんとしてでも貴族の結婚相手を探しなさい」
かくして、そう命じられた私は、しぶしぶ婚約してくれそうな相手を探すことになったのだ。
「はぁ……そんな簡単にいくようなことでもないし、困ったわ」
持っていた土ごてを、さくっと花壇の土に突き刺す。
少しすくってポーイと横に土を捨て、また少しだけ離れた場所の土を掘り返した。
「婚約となるとね……。相手に恋愛感情があるとか、好意を持たれているとわかっていればいいんだろうけれど、難しいね」
隣で私の話にうなずきつつ、穴に種を二つ三つ入れて土を戻していくのは、私の隣にいるのがもったいないほど秀麗な金の髪の青年だ。
かくいう彼も、土ごてを持ち、土まみれの手袋をしている。
彼は『園芸を愛する会』の仲間であるセリアンだ。
『園芸を愛する会』は、主催者である貴族の庭で、庭師のように土をいじって花や木を植えて育てるサロンの一つ。
会員の中には、自分の館で庭を丹精している者もいる。
けれど特に女性は、薔薇のような『貴婦人が育てていてもおかしくはない』花以外を、自分の手で育てることを父や夫から嫌がられるのだ。
けれどこの会の主催者の元では、何を育てても内緒にすることになっているので、密かに果樹を育てたりしている女性も多い。
むしろ男性は、ちまちまと可愛い花を育てている人が多数だ。
ちなみに私とセリアンが植えているのは、ニンジン。
サロンには、地味な農産物を愛する人も一定数いるので、全く肩身は狭くない。
うちの父のように、『婚約者候補に野菜を育てていると知られたら困る!』と青筋をたてられる貴婦人達が、右ではキャベツを育て、左ではじゃがいもを育てているので。
ちなみに父は、私がサロンで綺麗なお花を眺めながらお茶をしていると思っている。
「そうなのよねぇ。でも私、おしゃべりが上手くもないし。趣味は地味な野菜育てだし。どうやって男性の気を引いたらいいのか……」
そもそも誰かに恋をしたことがない。付き合ったことも皆無。
なのに婚約者を探して来いなんて、無茶な話なのだ。
「ああ……領地の館で隠居したい。もしくは、お水をあげたら芽を出すみたいに、ひょっこりと私のことを好きになってくれる人が現れないかしら」
面倒くさがりの私は、夢みたいなことをつぶやいてしまう。
するとセリアンが、その言葉に緑の瞳をいたずらっぽくきらめかせた。
「じゃあ僕と婚約してみるかい?」
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