第3話 家の事情はこちらにも

「え……」


 私は思わず目をまたたいた。

 何度見直しても、セリアンは穏やかそうな微笑みを浮かべるばかりで、からかっている様子もない。


 けれど私が彼の発言を信じられないのは、別に彼が稀に見るほど容姿がいい人だからとか、いい家柄の人で、土地持ち貴族でも猫の額の領地があるだけのうちと釣り合わないから、ってわけじゃない。


「セリアン、結婚できるの? 枢機卿になるんじゃ……?」


 彼はちょっと特殊な人なのだ。

 まず家が特殊。

 王家の番人……いや、素直に言おう。『王家の守護者』と呼ばれる家で、元は現王朝成立時の権力闘争時に、政争相手を次々と暗殺していったという。


 あくまで噂だけど。


 そのため一騎士から伯爵位を得るまでになったというが、たしかに彼の先祖は、王族を妻にもらった上で爵位も獲得するという、とんでもない立身出世を成し遂げた人ではあったのだ。

 私としては、やっかみからそんな噂が立てられたのでは、と思っている。

 目立つと、脊髄反射で叩きたくなる人というのはいるから。


 なんにせよ、彼の一族が代々王家に信頼されていることは事実だ。

 しかも元が騎士だったこともあってか戦に強く、数々の他国との戦や内乱でも、国王の代理として軍を率いては勝利を手にしてきた。

 そのおかげで侯爵位を得たり、王族からディオアール侯爵家に嫁ぐお姫様も多く、今や押しも押されもせぬ名家となっている。


 これで私みたいな、猫の額ほどの田舎領地しか持たない子爵家の娘が、彼に嫁ぐことなどありえないと思っていたことを理解してもらえると思う。


 そんなディオアール侯爵家に生まれたセリアンは、三男ということもあり、家の慣例に従って聖職者になっている。

 二十一歳という若さながらに司祭位を持っていたはず。ま、そこは家の地位が関連しているのだろう。

 神の家でも、現世の寄付や権力と全く無縁ではいられないのだ。衣食住が必要な人間である以上、多額の喜捨に左右されてしまうことを責められるものでもない。


 そんなわけで、聖職者であるはずのセリアンが、友人に同情したからといって結婚できるわけがないのだ。

 だから不思議に思ったのだが。


「還俗することになったんだ。……というか先日、還俗したばかりで」

「それはまた急なことで」

「すぐ上の兄が領地で引きこもってしまって」

「え、引きこもり!?」


 家格が違いすぎて交流がないので、遠目でしか見たことがなかったけれど、セリアンのお兄さんってけっこう体格のいい、殺しても死ななさそうな騎士らしい騎士だったような?

 にわかには信じられない話に、私は思わず目を見開いてしまう。

 セリアンも「僕も驚いたんだ」と憂い顔を見せた。


「二番目の兄は『俺は家を切り回すことには向いてない。剣と腕力が必要なことがあればいくらでも請け負うが、他は無理だ』と言って……。遅い反抗期かなって思っているんだけど」


 二十三歳で反抗期っていうのかしら?


「でも一番上のお兄さんはご健在なのでしょう?」

「先日毒で倒れてしまって」

「え」


 一体どうして毒……。怖くて突っ込めない。

 と思ったら、セリアンが教えてくれた。


「間違えて、庭に生えていたのを食べてしまったみたいで」

「うっかりすぎない?」

「弟の僕でもそう思う」


 飼っていたヤギが、うっかりと森で毒草を食べましたという調子で言われて、私はそれ以上どう言っていいのかわからなくなる。

 なんにせよ、悲劇的な話とか、陰謀的な話ではなくてよかった。


 近くにいて話が聞こえてしまったらしい、かぼちゃを育てている紳士が、私以上に胸をなでおろしていた。

 その紳士はじょうろに水を汲むためか、その場を離れていく。


「とにかく一番目の兄は元から頑丈じゃないから、そんなことがあって倒れて、ちょっと気弱になっているみたいなんだ。結婚も難航しているしね」

「あー」


 なまじ家格が高いせいなのだろう。王族とばかり婚姻を結んでいるだけに、ディオアール家の跡継ぎとしては、おいそれとそこらの令嬢と結婚するわけにもいかないのだろう。

 それでも多少のことに目をつぶっておけば、結婚できないわけではないと思うのだけど。


「まぁ色々あってね……。国王陛下にご信頼いただいている分、他国とつながりの濃い家と姻族になると、問題が起きた時に困ることもあるしで、どうしても選定が難しくて。いつもは、遠縁の女性か、王族から嫁いできてもらうんだけど。一番上の兄と年回りが合う人がいないみたいで」


 セリアンの一番上のお兄さんといえば、セリアンのように秀麗で、病弱だからなのかやや陰のある人だったはず。

 嫁にしてほしいという女性が、パーティーでも群がっていたように思うのだけど、その中からサクッと選ぶわけにはいかないらしい。難儀なことだ。


 一番年が近いのはアレクシア王女殿下だけど、あの方は他国へ嫁ぐと決まっているものね……。


「だから万が一のために、僕に後のことをすぐに頼めるようにしておきたいらしいよ。二番目の兄さんが尻込みしてしまったから、三男の僕にって話が回ってきたんだ」


 セリアンはそこでため息をついて「それで、問題があって……」と続ける。


「家に戻るのなら、いずれは結婚という話になると思うんだ。でもね、一番上の兄ですら結婚相手探しが難航しているのに、僕のお相手を探すのはもっと難しいんじゃないかと。だから、もしリヴィアにその気があるのなら、僕としても渡りに船だと思って」

「なるほど」


 突然の申し出の理由を、私は納得した。


「僕としては、館の庭でにんじんを育てても、かぼちゃを量産してもかまわないんだけど。どうする?」

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