第6話 木の上の巣箱
「ユウタ、森に戻ろう!」
ここにいるよりは安全だ。
それに、このゲームを攻略しなくてはいけない。
善は急げだ。
周りに“鬼”がいないのを確認して、僕らは四つん這いで土手を駆け上った。
いつのまにか日はすっかり暮れて、空には月が出ている。満月だ。
森の中は微かな月明かりだけでは見通しが悪い。
ただ、こっちから見えないってことは、鬼にも見つかりにくいってことだ。
「ユウタ、ちょっと肩車するから乗っかって」
「えっ、なんで?」
「あの巣箱の中を調べて欲しいんだ」
森の木に掛かっている、大きな巣箱。
果物みたいに罠の可能性もあるけど、何もしないで待つよりマシだ。
「うえぇーっ。変な虫とかいないかな」
「ヘラクレスオオカブトがいるかもよ」
「…」
僕の適当な言葉に不審そうな目をしながらも、一つ一つ巣箱を調べることにした。
「何かあった?」
「うーん…、からっぽ」
おそるおそる巣箱の中に手を入れたユウタは、ほっとしたように答える。
「じゃ、次」
三つ目の巣箱を調べた時だった。
「あっ…あれ?懐中電灯だ」
なんと、通路に置き忘れてきた僕の家の懐中電灯が入っていた。
「やった!アイテム、ゲット!」
僕の肩から降りたユウタは誇らしげに懐中電灯を掲げる。
「これで暗い森の中もへっちゃらってことか」
スイッチを入れると、辺りがパッと明るくなった。
途端に、数メートル先から物音と人の声。
忘れてた。ここは暗い森の中。これじゃ鬼に居場所を教えてあげるようなもんだ。
「やばい!ユウタ、電気消せ!」
せっかくだけど、使えない。懐中電灯が手元に戻って来たのは嬉しいけど、これも罠だ。
そのあと調べた巣箱の中から出てきたものは、マッチ箱と絆創膏。
また別の巣箱からは、丸い手鏡が出てきた。
さっき転んでできたすり傷に絆創膏を貼り、鏡をのぞく。
真上の月が映り、きらりと反射する。ごく普通の鏡だ。
じっと見つめても、文字が浮かんでくるわけでもない。
「なーんだ」
懐中電灯と同じように鬼に見つかってしまうので、マッチに火はつけられない。
それとも鬼は火に弱いんだろうか…。
おもむろにマッチ箱を開けたユウタが声を上げた。
「あれっ!?」
「大きな声出すなよ」
「ごめん!だってこれ、中身が入ってないんだ」
目を凝らして見ると、空っぽのマッチ箱の内側に細かく文字が書かれていた。鬼に見つからないように手のひらで覆いながら懐中電灯を点け、読んでみる。
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ニンゲンたちを つかまえろ
のこぎり持って 月明かりの下あつまれ
のりおくれるな 間もなくはじまる
小さな家の 屋根が見えたら逃げられない
照準合わせて らくらくと せいこうをおさめよ
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鬼たちの間で掲げられたスローガンなのか、僕らを威嚇するためのメッセージなのか。
詩のようなリズムと、それとは裏腹な内容が不気味な雰囲気を醸し出している。
僕は無意識に、“みずうみのさと”で起こった一連の出来事を思い出していた。
湖の上の小屋。見えない誰かの気配。木に掛けられた果物。日没とともに減る湖の水。そして、現れた集落。
あの時のサイレンが、また僕の頭の中で鳴り響いた。
チリリン
自転車のベルが聞こえる。
チリリン
空耳ではないみたいだ。
まずい。さっき懐中電灯を点けたときの明かりが見つかったのか。
ベルの音を聞いた鬼たちが集まって来てしまう。
肩を貸してユウタを木に登らせてから、自分も上へと避難する。
餌台に足を掛けると、こつん、と何かが爪先に当たった。
食べかけのリンゴが二つ、餌台に乗せられている。
なんでこんな所に…。
「お兄ちゃん、さっきのマッチ箱のやつなんだけど」
「えっ?」
「あれ、思い出した。暗号になってるんだ。テレビで見たのと同じだ」
チリリン チリリン
慌てて口をつぐみ、息を止める。
自転車が近くをうろうろしているらしい。
チリリン チリリン チリリン
チリンチリン チリンチリン チリンチリン
苛ついたようなベルの音が鳴り響く。髪を振り乱して追ってくる老婆の姿を思い出し、背筋が凍る。
まさか僕らが木の上にいるとは思わないだろうけど…頼む、早く通り過ぎてくれ…。
…。
とっさに餌台の上のリンゴを手に取り、できるだけ遠くへ投げた。
落ちたリンゴは、大きな音こそしないが鬼の注意を引くのには充分だった。
ベルの音は次第に遠くなり、聞こえなくなった。
「暗号って、どういうことだ?」
ユウタが、さっきと同じようにしてマッチ箱を照らす。
「この、文が途切れてる所の頭文字をつなげて読むんだ」
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二 つ の 月 の 間
小 屋 照 ら せ
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「ほらね」
ユウタの言った通りにつなげると、意味のありそうな言葉になった。
「小屋って、あの小屋かな」
それしか思い当たらない。
「二つの月って何だろう」
一つしかないものを二つにするには。
…。
そうか、わかったぞ。
「ユウタ!行こう!」
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