第5話 追われる僕ら
呆然と立ち尽くす僕らは、目の前の集落を見下ろしていた。
「お兄ちゃん、早く帰りたい」
ユウタがぽつりと言った。
いい加減、歩き疲れたんだろう。
「大丈夫、すぐ帰れるから泣くなよ」
「泣いてないよ!」
僕だって早く帰りたいし泣きたい気分だった。
引越し先の新しい生活のことで呑気に悩んでいた自分が懐かしいくらいだ。
昼間は静かだった湖が活気で溢れている。
見張り小屋の足下の辺りには随分と人が集まり、はっきりとは確認できないけど、農具や刃物など武器になりそうなものを、それぞれ持っているように見える。
あの大人たちは一体、なんなんだ。
果物を使って人をおびき寄せて、何が目的なんだ。
わけがわからない。
チリリン
不意に音がして顔を上げると、湖のふちに沿って自転車がゆっくりとこっちに向かって来ていた。
正確には、自転車に乗った…お婆さんだ。小柄な身体に白髪交じりの髪が風になびく。
アンバランスな光景に一瞬固まってしまう。
チリリン チリリン
森の中からも人の気配がした。
自転車のベルの音に気付いたんだ。
「逃げなきゃ」
「ユウタ、こっから降りられるか?」
もはや逃げ道は“みずうみのさと”の中しかない。
目の前の、比較的勾配のゆるい土手から降りることにした。
数時間前まで湖の中にあった草は湿っていて、滑りやすい。
派手な音を立てないようにそっと腰を低くして、慎重に歩を進める。
その時だった。
ゆっくりと湖の周りを旋回していた自転車の老婆が、猛スピードで自転車ごと突っ込んで来た。
「うわあぁぁぁぁぁっ!!!!」
ガガガガ、と派手な音を立てる自転車と、無表情の老婆。
こっちに来る!
僕らは一気に土手を駆け下りた。
「ユウタ、早く!」
背後で自転車の倒れる音がした。
振り返る余裕もなく、ユウタの手を引っ張ると近くの民家の影に逃げ込んだ。
老婆は体勢を立て直している間に僕らを見失ったらしく、きょろきょろと辺りを見回した後また自転車を走らせた。乱れた髪を直そうともせず、ゆっくりと遠ざかる。
ひとまず僕らは助かったようだ。
それにしても自転車であの土手の傾斜を降りるなんて、僕だって躊躇する。それをあんな小柄なお婆さんが…。
異常だ。異常すぎる。
まだ心臓がばくばくいっている。少し休息が必要だ。
「広場のほうにいっぱい人がいるね」
「この家は、留守かな?」
民家と言っても、僕らの住んでいるような家じゃなくて平屋の古民家といった感じだ。
誰もいないなら暫しばらく身を隠すのにちょうど良い。
おそるおそる頭を上げて窓から中を覗くと、目の前に顔があった。
…!!
心臓が、止まるかと思った。
目の前にいたのは、へんてこな服を着たあの女の子だった。
「“まよいのもり”で、迷ったの?」
「そ、そうなんだ!何が何だかわからなくて!どうやったら帰れるか教えて欲しいんだ!」
女の子は、ゆっくりと首をかしげる。
そして不思議そうな顔をして言った。
「鬼ごっこのルールは、知ってるの?」
思いもよらない返答にびっくりして、すぐに言葉が出てこない。
鬼っていうのはつまり…僕らを追いかけてくる、あの人たちのこと?
鬼ごっこは、時間内に鬼に捕まったらゲームオーバーっていう子どもの遊び。それなら僕も知ってる。
それともあの人たちは本当に、人間じゃなくて鬼なんだろうか?
見た目は、人間そのものだ。角もないし肌の色だって僕らと同じなのに。
武器を持った複数の鬼たちに捕まったら、僕らはどうなってしまうんだろう。
考えるだけでおそろしい。
女の子はまた、こつぜんと姿を消していた。
今の言葉がヒントだとしたら、とにかく逃げるしかないみたいだ。
多分、ゲームオーバーになるまで帰れない。
僕らが捕まるか、逃げ切るか…。
もし、時間切れがあるんだとしたら。
“みずうみのさと”が再び湖に覆われるまで、逃げろってことか?
それがいつなのかわからない。夜明けまでかも知れない。
いくらなんでも、そんなに走り続けたら体力がもたない。
「なんだ、鬼ごっこだったんだ」
急にユウタが安心したような声を出す。
「捕まったら終わりだぞ」
「隠れ鬼ごっこにしちゃえばいいんだよ。かくれんぼと鬼ごっこの合体したやつ。そんで、裏技がないか考えるんだ」
「はぁ??」
「ゲームだったら、裏技があるでしょ。あっちだって自転車使ったりしてるし」
自信満々にユウタが答える。
「それに、靴はあったじゃん!」
そう言えばそうだ。
この場所に迷い込んでしまった以上、強制参加の鬼ごっこを終わらせない限り家には帰れない…ということは分かった。
まだ他にも、僕らにとって有利なものと不利なものが散らばっているなら…。
とにかく冒険を続けることが必要かも知れない。
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