第2話 曲がり角にはご用心
♂♂♂
最近、お隣さんの様子がおかしい。
端から見れば今までとかわりないのかもしれない。
しかし、僕は少し……いや、かなり特殊な存在だ。
《僕は神様である》
いきなり聞けば誰もが、ヤバいヤツと思うだろう。
だが僕は決して危ないヤツなどではない。
正真正銘の神様だ。
何度でも言おう。僕はいたって正常である。
だから人には見抜けない彼女の変化を見抜く――もとい知ることができる。
神としての力は制限されているが、それでも人ならざる能力を扱える。
その一つが心の声を聞くと言うモノだ。
人間界では、テレパスやテレパシーなどと呼ばれている能力だ。
つまり、僕には彼女の心の声が筒抜けだと言うことだ。
心の声など他人に聞かれるはずのないモノだ。
故に人は、心の中ではだいぶ弾けている――恥ずかしいことになっている。
いや、彼女の場合は弾けると言うより……色々と危ない。
なぜ彼女の頭の中の僕はあんなに饒舌なのだろう。
『樫原さん。何で君はそんなにも美しいんだ! もう、この気持ちを押しとどめておくことは出来ないッ!!』
『そ、それって……』
『君が好きだ! 僕と結婚を前提に付き合ってほしいッ!!』
なんで彼女(妄想)の中の僕はこんなにも「!」を多用しているのだろう?
少なくとも僕は「!」を多用するような暑苦しい喋り方は一度もしていないし、そんな素振りを見せたこともない。
なのに……
『この通りだッ!!』
神様である僕が人間である彼女に頭を下げている。
なんとも不思議な光景だ。
あと、「ッ」も「!」と同じくらい多用しているな!
思わず「!」を使ってしまったではないか。
僕が一人静かにツッコミを入れている間にも彼女の妄想は膨らんでいく。
『頭を上げて、お願い』
『わかったよ……頼み込まれても困るってことだよね……』
『ち、違うの! ……私も、貧乏田くんのこと……s……i、だったから』
『えっ!? 今、なんて?』
『だから、私も――貧乏田くんのことが好きッ!!』
『ほんとに!?』
『うん。だから、結婚を前提に付き合って下さい』
『もちろんだよ!!』
(……ってなるはずなのに。おかしい……一向に進展しない!!)
そりゃそうだろ。
何せ彼女と僕は、朝、お互いに「おはよう」と挨拶を交わし、放課後、「また明日」と別れの挨拶の定型文を交わす間柄でしかないのだ。
(フフフフ。でも、こんなじれったい気持ちとも今日でおさらばよ。明日には一気に進展して、めでたくゴールインするんだから)
相変わらず、色々な過程をすっ飛ばしている。
そもそも、ずっと思っていたのだが「結婚を前提にしたお付き合い」とは何だ?
人間とはそういう生き物だったか?
数百年の間に人間も変わったものだ。
(私には秘密兵器がある。聖典の通りに行動すれば貧乏田くんは私に夢中に)
なるわけない。
彼女が言う秘密兵器。即ち聖典とはラブコメ漫画である。
漫画を聖典と呼んでいるあたり彼女の頭は常人では到達できない域に達している。
オブラートに包まず言えば「ヤバイ人」である。
(早速明日。明日の朝、試すわ)
作戦実行を決意した彼女の頭の中には、通学路の曲がり角で僕とぶつかり尻餅をつく姿。
倒れた彼女に手を差し伸べる僕……
なんか僕が惚れさせる側になっている気がするのは気のせいだろうか?
しかし油断はできない。
彼女には人間界で言うところの「ヒロイン補正」がある。
もはや超能力レベルの。
性格には自由気ままな幼馴染(神)が手を貸してるのだが、人間界に降りてきている今の僕では太刀打ちできないだろう。
ならば完全回避あるのみだ。
幸い、彼女の作戦は僕に筒抜けである。
♀♀♀
遅刻遅刻~~ッ
私は疾走していた。
何のために?
もちろん貧乏田くんと結婚するため。
朝早く。
朝日が昇り始めるより少し早くから入念なコースの最終チェックと試走を行っている。
道端さんのお家の塀から7時36分24秒に入射角23度で飛び出せば貧乏田くんとぶつかる。
もちろん正面衝突は避ける。
怪我をさせたいわけじゃない。
あくまでもぶつかるだけ。
タイミングが早くでも遅くても危ない。
それにしても誤算だったわ。
まさかお母さんが今朝、全ての食パンをフレンチトーストにしてしまうだなんて。
しかもひたひたのしっとり系に仕上げてくれる始末。
しかし私はそんな中、奇跡的にも難を逃れた食パンを確保した。
少し硬くなっちゃってるけど大丈夫よね?
聖典には何故か食パンが描かれていた。きっと食パンでなければいけない理由があるはず! 私はそれを忠実に守るだけ。
あと、46分と24秒後に私と貧乏田くんは……ウフフ❤
♂♂♂
なかなか手強いな樫原さん。
今の僕の力では食パンをフレンチトーストに変えるのが限界。
やはり天界の神は彼女に手を貸したようだ。
食パンを与えるとは。
やってくれたな。
普段は表情を崩さない僕だが、歯噛みする思いが眉間のシワに表れてしまった。
神の協力があるとはいえ、僕の表情を崩した人間は彼女が初めてだ。
それにしても彼女は大丈夫なのだろうか?
唇が紫色だが……まあ、いいか。
彼女は完璧なタイミングで飛び出してくる。
故にほんの少しだけこちらがタイミングをズラしてしまえば彼女の計画はご破算だ。
半歩小さく踏み出す。
よし、これで彼女の思惑通りにはならない。
しかし、樫原優莉は神(僕以外)に愛されている。
今、僕の目の前――正確に言えば足下に両手をついて下手をこいたポーズの樫原さんがいた。
どうやら早朝から待機していたため身体が芯から冷えきってしまい、本番で足が思うように動かず、絡まって転倒してしまったらしい。
僕の脳内には「hype 'o' tek 」や「GHETTO BLASTER」がBGMとして流れる。
ピンと来ない人はググってみるといいだろう。
おっと、話がそれてしまった。
問題はそんなところではない。
状況は違えど、彼女が僕の目の前で倒れていると言う状況。
手を差し伸べるほかあるまい。
無視はできない。
個人的には無視しても構わないのだが、もしそんなことをしてしまえば、非難の目にさらされることになる。
ハァ。めんどくさい。
手を差し出すと、顔を上げた彼女と目が合った。
すると彼女はプルプルと震えだし、耳を桜色に染めて俯いてしまう。
「大丈夫かい?」
ずっとこのままという訳にもいかないので声を掛ける。
すると頭から蒸気を吹き出す勢いで顔だけでなく首筋なども桜色に染まる。
そして、ガバッと立ち上がると回れ右して全力疾走。
僕の目測では世界を狙えるレベルの速度で離れていく。
何はともあれ最悪の事態は回避できたかな?
……おや?
足下には一枚のハンカチ。
参ったな。落し物じゃないか。
仕立てのいい上品なハンカチ。
彼女に届けなくてはいけなくなってしまった。
関わりたくはないが、関わらざるを得ない。
何故なら僕は神様だから。
人々の幸福を願う存在。
見て見ぬふりなどできない。
それにしても、どうすれば彼女を不幸にすることなく、僕の事を諦めてもらえるのだろう。
そして彼女がハンカチを落としたのは偶然か、それとも神の悪戯か……
どちらにしても僕は彼女と自ら関わらなければならない。
はぁ、億劫だ。
いつになったら彼女は漫画はフィクションだと言うことを悟ってくれるだろうか。
彼女が悟るその日まで、この面倒な日々は続く……のか?
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