魔王「我を倒しても第二第三の魔王が……」勇者「じゃあ俺が魔王やる」魔王「えっ」

九条空

魔王「クッ……この我がまさか貴様等に倒されるとはな……ククク……しかし我が消えようと、第二第三の魔王が……」勇者「あ、じゃあ俺が魔王やります」 魔王「えっ」

世界は危機に瀕していた。魔王が現れたのである。


 人々は魔王に率いられることで力を増した魔族たちに怯えながら日々を過ごしていた。

 それを打開しようと、国王の支援の元旅立ったのが、勇者だった。


 勇者は長い旅路を終え、諸悪の根源が座する魔王城へとたどり着いていた。

 その魔王城の一角、薄暗いその場所で、世界の運命を決める戦いが終わりを告げようとしていた。


「クッ……この我が、まさか貴様等に倒されるとはな……」


 息も絶え絶えといった状態で、血反吐とともに言葉を吐いたのは、魔王その人だった。

 禍々しい姿だった第二形態もすでにとけ、人に近い姿に戻っている。

 しかし、頭の角は片方折れ、背中の翼もボロボロだった。


「俺も……まさかひとりで勝てるとは正直思ってなかった……」


 魔王に対峙していたのは、勇者だった。きらきらと輝く光のオーラをまとった聖剣を片手に、顔の血を拭っている。

 自分の命がこの場で尽きることを悟った魔王は、最期の言葉を紡ぐ。


「ククク……しかし我が消えようと、第二第三の魔王が……」

「あ、じゃあ俺が魔王やります」

「えっ」


 今まで一切焦りを見せず、不敵な笑みを浮かべていた魔王が、そこで初めて動揺した様子を見せた。


「またお前みたいな面倒な魔王出てくる前に俺が魔王になっちゃったほうが色々楽じゃん」


 グッドアイディアじゃね? と顔を輝かせる勇者に対して、魔王は痛みによるもの以外の汗が流れるのを感じた。


「俺が第二の魔王になれば、第三の魔王がでてくるまでめっちゃ時間かかるわけだし、その間平和じゃん。えっなんだこれ俺天才かよ。どう思う?」

「いやそれは倫理的にダメだろ」

「魔王に倫理とかあんの? すげえ、俺より高尚じゃん」

 魔王は戦慄した。えっなに勇者って倫理ないの。


「なんだよ、何が不満なんだよ」


 勇者はふてくされたように眉間にしわを寄せた。


「いやいやいや、不満とかそういうことじゃないから。常識的にありえないから。えっ、だって君人間でしょ? 確かに我とタイマン張って勝つとか本当に人間かよと思うけど人間でしょ? 人間が魔王やっちゃまずいだろ」

「は~? なにその常識って、いみわからんぷー」


 勇者は小指で耳をほじり始めた。


「っていうか、そもそも俺が一切パーティ組まずに魔王城にきた時点でセオリーとかないから」

「だよね! それ我超最初から思ってたわ! なんで!?」


 至極だるそうに立つ勇者のその後ろに、仲間はいない。

 それもそのはず、勇者はそもそも魔王城に来るまでの旅路の最初から最後まで、一人で旅をしてきたのだった。


 単身乗り込んできた勇者に、魔王もぶっちゃけありえないと思ったが、魔王は自分の職務を果たすことにした。

 万が一にも勇者がここまでたどり着いた時に、威厳たっぷりに会話しようと王座で決めるポージングを考えていたのだが、その最中に勇者は魔王城にいた魔物たちを瞬殺して魔王の下までやってきた。

 内心焦る魔王だったが、それでも三ヶ月前から用意していた「魔王の考えたカッコイイ台詞」を言おうとした。

 しかし、魔王の口が動く前に、勇者は叫びとともにその聖剣を振り下ろしたのだった。


「とにかく死ね!」


 町のチンピラかよ! とツッコミかけた魔王だったが、勇者の怒涛の攻撃によってそんな余裕はなかった。

 結果、魔王は勇者と会話する間もなく地に伏している。


「俺がどうして一人で来たか、だっけ」


 勇者は魔王城の床に胡座をかいた。鞘に収めた聖剣を抱えながら、魔王を見据える。


「誰かと一緒に戦ったらついうっかりそいつまで殺しちゃいそうだったから一人で来た」

「バーサーカーか!」


 魔王は血反吐を吐きながらつっこんだ。


「元気かよ。流石魔王」

「感心するとこそこじゃないから……」


 のんきに口笛を吹く勇者に魔王はうなだれた。


「……我もっと魔王っぽく死にたかった……」


 勇者は魔王城の結界を解くために必要だった三つの宝玉でお手玉しながら言った。


「魔王っぽく死にたいとか……ワガママ言うなよ。魔王だろ」

「魔王だから言ってるんだけど!」


 魔王はついにうつ伏せになりながらしくしくと泣き始めた。

 そんなに体から液体流してたら脱水症になるんじゃないか、と見当違いなことを心配しながら、勇者は言った。


「しょうがないなあ……じゃあお前がもっかい魔王やればいいじゃん」

「えっ」


 反射的に顔を上げた魔王の顔からは血と涙でぐしゃぐしゃだった。魔王も涙って出るのか、と勇者は思った。


「あーそうか。一応俺国王に魔王倒す依頼されてたんだったか……じゃあ魔王存続はダメだな」


 ふと思い出したように本来の目的をつぶやいた勇者は、おつかいでも頼まれてた、くらいの軽さだった。

 魔王はがっくり肩を落とす。ついでに背中の翼も片方もげた。


「俺が魔王倒すように頼まれたのって、魔族が好き放題やるからだったんだよね。まあ、ぶっちゃけ、それって魔王が出てくる前からだったわけだけどさ。だからなんで『魔族が暴れるから魔王を倒せ』って言われたのか、わっかんねーんだよな」


 息も絶え絶えな魔王を放置し、勇者は独白し始める。


「それでとりあえず旅して、あちこちでいろんな魔族に絡まれて、それをボコしてたら気づいたんだけど、魔族たちって全然魔王の下に付いてねーのな」


 魔王はうめいた。確かにその通りだった。


 魔王は、魔族をまとめ上げたかった。

 それは近年、人間に対して魔族の立場が悪くなっていたからである。

 人間は道具や魔法の技術を磨き、魔族に対抗できるようになってきた。

 そうして、人間に対して不利益なことをする魔族を狩り始めたのだった。


 このままでは、魔族が滅びてしまう。

 そう考えた魔王は、そのカリスマで従えた魔族を率いて、魔族の地位確立のため、世界の征服に乗り出したのである。

 ―――実際は、魔王の下につかない魔族の方が多かったし、こうして勇者にも負けてしまったわけであるが。


「だから思ったんだよね。いやいや、魔族暴れてんの、魔王関係なくね? って」 

「それ言われると我何も言えない……」

「……お前が魔王になった理由聞いたらさあ、ますます俺が魔王になったほうがいいなって思ったよ」


 勇者はひとり頷く。


「人間と魔族は、友好関係を築くべきだって思ってんのは俺もお前も一緒だろ」

「ちょ、ちょっとまって」


 聞き逃せない勇者の言葉に魔王は声を上げるが、勇者は構わず続けた。


「まあお前は、まず人間よりも魔族が上であることを示そうと思ったんだろうけど」

「いやそこじゃなくて」


 魔王は、勇者が魔族を憎んで、すべての魔族を滅ぼそうとして、ここまで乗り込んできたのだと思っていた。

 そう考えている人間にしか、今まで魔王は会ったことがなかったし、人間と会えば、かならず殺し合いになったからだ。


 人間が魔族を殺そうとするように、魔族も人間を殺そうとするようになった。

 その関係を、魔王は崩したかったのだ。それに同調する魔族を配下にした。

 けれど、同じ考えの人間は、ついぞ現れなかった。―――今この時までは。


 勇者は、世間話と変わらない調子で話し続ける。


「お前の思ってた通りには、事は運ばなかった。それは、魔王、お前の力が足りなかったからだ。確かにお前にはカリスマがあるけど、ぶっちゃけ魔族って一匹狼ばっかだからカリスマってそんなに意味ねーよな」

「……うんそうだね……」


 魔王はアイデンティティの喪失を感じた。


「その点俺なら魔族という魔族をボコボコにしてきたわけだから、恐怖政治ならお手の物だぜ」

「確かに我も怖いもんな」

「俺って一応人間じゃん? だから魔族をちゃんとコントロールできれば、魔族の国を作って、そして国単位で人間とも友好的にやれると思うんだよね」

「自分で一応って言っちゃったよ」


 勇者がとんとん拍子に言葉を紡ぐのと裏腹に、魔王はどんどん肩を落としていった。そんな中、勇者はつぶやく。


「……あ、でも俺が魔王になるなら、お前死ななきゃないのか」


 魔王の体に再び緊張が走る。

 そう、これは命のやりとりである。

 勇者があまりにものんきに魔王と会話をするものだからついうっかり忘れていたが、魔王は今まさに勇者に止めを刺されるところだったのだ。

 勇者は頬杖をついて言った。


「なあ、魔王。お前、生きたい?」

「フッ……元より死は覚悟した身……」

「死にてえか生きてえか聞いてんだよ」


 気がつけば、勇者は感情を伺わせない表情で、聖剣を魔王の首に当てていた。

 まったく視認できなかったことに、魔王は今更恐怖する。


「あ、はい、どちらかといえば生きたいです」


 思わず敬語になるくらいには怖かったらしい。

 それを聞き、ふと、勇者が思いついたように声を上げる。


「んじゃ、俺と結婚しようぜ」

「……えっ」


 お前はカリスマ、俺は暴力で魔族を支配する。

 名案だろう。そう言って自信満々に張った勇者の胸には、女性らしい膨らみがあった。

 

 世界には、新たな魔王が誕生した。


 しかしそれは、世界の危機ではなかった。

 新たな魔王は、人間であったからである。魔王を倒した、勇者その人であった。


 勇者は、その手腕で魔族をまとめあげた。人間はもう魔族に怯えなくて済むようになったのである。

 人間と魔族、そのあいだには未だ様々な禍根があったが、しかし、それも緩やかにではあるものの、なくなっていくように思われた。


 そんな偉業を成し遂げた新しい魔王のとなりには、どこかで見たことのあるような、頭の片方の角が折れた魔族がいたそうである。


 こうして、世界は平和になりましたとさ。


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魔王「我を倒しても第二第三の魔王が……」勇者「じゃあ俺が魔王やる」魔王「えっ」 九条空 @kuzyoukuu

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