第12話 欲望と理性の競演と響宴と

2月14日、バレンタインデー。淡い想いを甘いチョコで包み、女子から男子への告白を推奨される日だ。甘いチョコはより甘くなるか。苦味がきいたビターなチョコになるか。千差万別、十人十色。様々な想いと結果が交錯する。いつもより、ほんの少し大きなカバンを持った女子達と、無駄に居残る男子達。甘酸っぱさが校内を優しく包み込む。


この日、スズキは掟破りの計画を企てていた。想いを寄せるヨウコ先輩に告白を決意していたのである。男子から、女子へ。2月14日に告白を。


スズキが通う高校には屋内プールがなかった。当高校の水泳部と水球部は冬のオフシーズンの間、主に陸上での走り込みや筋トレによる基礎体力づくりに励むことになる。水泳部は競泳国体出場経験者・体育教師稲葉新次郎が作り上げたメニューのもと、毎日休むことなく、むしろシーズン中よりも厳しいトレーニングが敢行されていた。対して、水球部の練習は全て自主練習に委ねられていた。生徒個人、個々の考える力と自主性を育む教育と称し、水球部顧問の社会科教師山本和樹は練習に一切顔を出さなくなる。この時期、社会科教師山本和樹の肌ツヤが良くなる。イキイキした社会科教師山本和樹に考える力、自主性はカケラも見当たらない。しかし、当事象に異議を唱える水球部員は誰もいない。


そんな中、スズキは毎日トレーニングに励んでいた。平日は毎日必ず部室へ行き、ジャージに着替え、走り込みを行なっていた。月水金は300mダッシュを10本走ったのち、腕立てと懸垂で上半身を鍛えた。火木は3000mダッシュを1本、心臓と脚が爆発する寸前まで全力で走りきり、1kmウォーキングをし、5km離れた自宅までランニングで帰った。誰に言われるでもなく、誰に見られるでもなく行うトレーニングにしてはハードなメニューだった。だが、スズキは一切の苦痛を感じていなかった。自分に追い込みをかけるドSのスズキと、追い込まれるドMのスズキ。二人のスズキを感じながら、一人SMに酔いしれていた。ランナーズハイと相まってスズキは脳内麻薬ドバドバな状態で毎日を過ごしていた。土日は近所の市営プールに通い、ひたすら泳ぎ、水球には欠かせない泳力向上に努めていた。スズキは今までにない充足を噛み締めながら10月、11月、12月の3ヶ月間を過ごした。


しかし、年が明けて1月10日。この日スズキは気がついてしまった。脳内麻薬も通常の麻薬同様、耐性が出来てしまうらしい。300mダッシュを15本に、3000mダッシュを2本にパワーアップさせても、スズキの脳みそは酔いつぶれることはなくなった。スズキの心にポッカリ、大きな穴が空いた。空いた席は、空いたままではない。いずれ誰かがその席を埋める。スズキのその誰かは恋心だった。一人SM中は失念していたヨウコ先輩への淡い恋心が、スズキの心の空きシートに、ゆっくりと、優美な仕草で腰をおろした。かつてはパステルピンクだったものが、今はどぎついカーマインレッドに変貌を遂げ、艶かしい微笑をこちらに向けている。新しい麻薬に手をつけたスズキは、歓喜に打ち震えていた。欲望と理性の競演、饗宴が始まった。終わりの始まりが始まった。

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イカと猥褻と私 餅搗 孝太郎 @ittanmomen

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