第2話 第一陥落

「よし、第二中隊は今の戦線を維持してくれ」


 ユリウスはドラゴンの首を一撃で落とした後、近くにいた中隊指揮官に指示を出す。


 今日は、ドラゴン日和らしい。

 しかも、上位種が次から次へと恐ろしい数押し寄せてくる。


 ユリウス率いる第一防衛ラインは、懸命にその勢いに耐えて戦線を維持しているが漂う疲労感は隠せない。



 炎、氷、風、……ユリウス自身が落としたドラゴンだけでも全属性制覇できるのでは、という豪華なラインナップ。

 属性武器の使い手は多く、属性エンチャント・属性防御のできる魔導士もそろってはいるものの、こう属性の種類が多いと隊列を乱されがちになる。


 世界の半分の戦力とは言っても、全属性全てを最高レベルまで極めている者は少ないのだ。属性相関がある以上、一属性を伸ばすことは、その反属性は相対的に弱められる。炎と氷の両方を極めるのは常識的には無理である。

 全てをバランス良く最高まで極めた者は第二を守る四天のネルファくらいのものだろう。ゆえに彼女の二つ名は『全属性を極めし者』。



 さらに、他の魔物と比べてドラゴンは厄介な特性を持っていて、どうしても戦闘が長引きやすい。


 その特性とは飛行能力。

 空中に舞っている状態では、対等に戦えるものが、ワイバーンに乗る竜騎士小隊、飛行に長けた空戦魔導士あたりに限られるのだ。

 弓と魔銃による攻撃もできなくはないが、威力が落ちる上に、ドラゴンの起こす疾風に跳ね返されたり、鋼鉄に近い強度の皮膚にはじかれたりで、余程の魔力強化、加護のある武器でもなければ無力化される。

 必然的に戦闘に加われないものは、威嚇の矢を撃つなどサポートに回るか、空中からのブレスに対し防御魔法を使うことぐらいしかできない。


「ドラゴンの投入は、我々の戦力を分断し、遊兵を作らせる。奴らにとっては各個撃破の好機となるわけだ。考えてやっているのかはわからんが、厄介なことこの上ないな」


 第三の四天『全知の軍師』ルキウスが皮肉交じりに言っていた。

 そんな彼から借り受けた有翼のユニコーンスレイプニールは、今日もユリウスの乗騎として活躍していた。ユリウスは見えない彼に感謝を捧げる。



「ユリウス様、SWエリアに、ヒュドラ出現とのことです」


 水晶球を通じてのティートのこの報告に、さしものユリウスも冷静ではいられなかった。


 ヒュドラはドラゴンの中でも最上位種であり、特に面倒な特性を持つ。

 九つある首のうち八つは、普通に切断しても、却って増える。

 真の首を見極めて、それを神の聖なる祝福を受けた剣、すなわち聖剣で、両断しなければ倒すことはできない。


 聖剣の持ち主、つまりはユリウスでなければ倒せないのだ。

 彼の所有する両手持ちの大剣『神殺しの剣ミストルテイン』は、この世で切れぬモノのない剣であり、十年前に魔神に止めを刺した紛れもない聖剣なのである。



「他の者は下がってくれ、魔導士達は防御魔法を密に。あいつは俺がやる」


 『不敗の聖騎士』ユリウスの指示に周囲にいた者全員が頷く。



「アウレリア、俺を守ってくれ」



 祈りを捧げ、掲げた剣から光が放たれ、彼の体を包んでゆく。

 聖剣の真の力の解放である。



「行こう、スレイプニール!」



 彼は、天馬の手綱に力をこめる。

 天馬はいななき、九つの首を持つ竜に向かって突進する。


 死闘が始まった。


 ヒュドラは再生能力だけでなく、神をも殺すと言われる猛毒を吐く。

 正面から喰らえば、聖騎士の力でも、そんなには持たない。

 飛んでくる毒を躱し、かいくぐりながら、首をしらみつぶしに切ってゆく。

 偽物ならば増えて再生する。つまり、攻撃が増す。

 だが、勝つためには切るしかない。

 ジレンマ。


 いつまで続くかわからない戦い。


 しかし、幸運の神は、ユリウスに微笑んだ。


 手ごたえ。

 再生しない!

 他の首も一斉に力を失い、地に倒れ、大きな響きを立てる。



「ありがとう、アウレリア」



 再び祈り、聖剣の効果を解く。

 どっと疲れが来る。


 だが、おそらくヒュドラ級の魔物が他にいるとは思えない。

 ドラゴン相手とは言え、最上位クラスは概ね全属性倒したはず、隊の者も健闘しているから、戦闘終了は時間の問題だろう。


 彼は自軍の勝利を信じて、天馬を地に降り立たせた。

 そんな彼の前に彼女が現れたのだ。


「ネルファ? 君がどうしてここに?」


 長い黒髪に、高位の術者を表すサークレット。

 穢れ無き白きローブ、その手にもつは身長よりも長いワンド

 第二を守護する四天のネルファだった。


「何をしている、ユリウス。第一はもうダメだ。第二に撤退するぞ」

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