7羽 求愛か喧嘩、それと大木。

 衣装ケースとポスター制作キットを運び終えると、おじさんが連れて来た白い鳥三号がケースに近寄って来た。首を傾げ、白濁とした壁を一心に見つめている。


 一号二号もその視線に気付いたらしい。壁沿いの行進をぴたりと止め、丸い目をさらに丸くしていた。


 それにしても、こうして三羽を集めてみるとそっくりである。即席の識別札がなければ判別が付かないくらいに同じ顔と格好をしている。


「作って正解だったな、識別札」


 その時だった。一号が羽根を広げ、けたたましく鳴き始めた。それに呼応するこあのように三号もまたクルクルと喉を震わせる。


「どうしたか、喧嘩か?」

「求愛でしょ。あんなに熱く鳴き合ってるのよ」


 喧嘩にも求愛にも、どちらにも見て取れる。だが専門家でない長谷には悩ましい限りだった。


 どちらにせよ、人間にとって好まれる展開ではない。長谷は三号の身体を持ち上げると、おじさんの膝に置いた。


「おい、乗せるな」

「隔離しておく場所がなかったので」

「だからって――なあ、図々しくなってねぇか、兄ちゃん」

「ミホさん、ポスターの件なんですけど」

「話聞けよ」


 すっかりおじさんの膝上で落ち着いた白い鳥三号を一瞥し、長谷は紙を持ち上げる。ポスター作製にと用意されたものだが、それは未だ白紙である。


 渋い色合いの湯呑と口から湯気を吐く急須を携えたミホは、少しの間の後、唇を開く。形のよいそれは、鮮やかな紅に彩られていた。


「貼る場所のこと?」

「はい」

「そうね……。ここに用が済んだポスターがあるから、入れ替えるといいわ」


 ミホが示したのは、カウンター近くのスペースだった。ネギの収穫祭を知らせる、賑やかな張り紙。およそ二ヶ月前に開催されたらしい。


 このような祭りがあったのか。感心しつつ、ふつふつと湧きつつあった構図案を枠の内に嵌めた。


 その時、コロリと音がする。店の扉、そこに取り付けられたカウベルが揺れたのである。


「あら、お客さん――うん?」


 ヒュウと吹き抜ける風が店内を冷やす。拳一つ分程開いた戸には、誰も立ってはいなかった。いや、人の気配はする。ただ一向に入店しようとはしない。


 ネオンによって作られた影がもぞもぞと動いている。確認に出ようとしたミホを引き留めて、代わりに長谷が戸の外へと顔を出した。


「あ……」

「あ……」


 そこにいたのは女性だった。頭にはニット帽、首には秋色のマフラーを巻いている。膝丈程のコート、足元にはモコモコとしたブーツ。完全防備の装いの彼女は、長谷を見るなり、ぐいとマフラーを引き上げた。


「あの……?」


 すっかり頭まで隠れた女性は、まるで大木のように動かなかった。


「目の前でミノムシになられても困るんですけど」


 当惑の最中さなかにある長谷を嘲笑うかのように、覚えのある声が聞こえて来た。


 クル。


 そう、見ずとも分かる。例の鳥だ。忌々しい阿呆面の鳥。それがバサリと翼を羽搏はばたかせて、女性の頭上に悠然と舞い降りたのである。

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