6羽 カウンターチェアって憧れるけど座りづらい。

「ちょっと待ってくださいね」

「おう」


 長谷はミホを窺う。彼(彼女)は呆れることすら忘れて笑い転げていた。


「増えた、増えた……待って、お腹痛い……」

「どの辺りにいたんですか、そいつ」


 殆ど使いものにならなくなったミホから視線を外し、長谷は問う。おじさんの手の中で、鳥が暴れていた。おじさんの持ち方が悪かったのか、それとも荒い性格なのか。少しばかり迷惑そうな表情の男は、戸を閉めた後、鳥を降ろした。


「植木鉢に収まってた。店に入って来る時にもいたんだけど、置物かと思って無視したんだわ」

「置いてないわよ、そんな物」


 ようやく復活したらしいミホは、目元に浮いた涙を拭く。数度深い呼吸を繰り返すと、マグカップをカウンターに出した。


「あーあ、もう。また増えるなんて。一体どこから来たのかしら」

「それなんだよなぁ。……保護なら一歩譲るとして」

「世話するのはアタシよ」

「この先飼うってことになったら、数羽間引かなきゃならなくなりそうだ」


 二羽の自殺願望者(鳥)が脳裏を過る。店の外に出しておけば、自然と間引かれよう。しかし長谷が自らの手で助けた命だ。人間の勝手な都合で再び捨てるなど、後味が悪い。


 だが実際、長谷の家で引き取ることも難しいのである。実家暮らしであることに加え、既に猫を飼っている身だ。下手をすれば、鳥が猫の餌と成り兼ねない。


 殺処分。それは人道として選択し難いが、そうせざるを得ない現状であることも確かだった。


「頑張って飼い主を探さなきゃね。まあ、捨てられた子たちって決まった訳じゃないんだけど」


 ミホは肩を揺らす。マグカップに湯気の立つ茶を注いで、おじさんの方へと押しやった。それを礼と共に受け取り、男はフと湯気に息を吹きかける。


「会社のモンにも声掛けてみるわ」

「頼りになるわ」


 二人は既に動き始めている。動こうとしている。そうだ言うのに、問題持ち込んだ自分が静観を続けるのは忍びない。せめてポスターの完成を進めなければ。長谷は慣れないカウンターチェアから滑り下りた。


「便所か?」


 カラカラとおじさんは笑う。長谷が応じるより先に応えたのはミホだった。


「ポスターを描いてもらってるの」

「あー、なるほど。折角だ、ここで描けよ。例の鳥ズも連れて来てさ」


 それが可能ならば長谷としても退屈しない。しかしここは店だ。食品を扱い、接客をするための場――そこに、出所知らぬ生物を持ち込んでよいものか。


 どうやらミホも迷っているようだった。少しの間回答を渋っていたが、やがて決心したように首を振った。


「そうね。他にお客さんもいないし……連れて来ましょうか」

「一人で大丈夫ですよ」

「あら、そう?」


 ミホは頬に手を当てる。


 引っ越しの対象は二羽、しかも今は衣装ケースに収まっている。然程重くない鳥たちとはいえ、長谷の手には余ると思ったのだろう。


 長谷は暖簾を潜った。

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