3羽 オネエさんは世話焼き。

「えっ、えっ、何? どこで引っ掛けてきたの、こんな若い子! 犯罪じゃない! 不潔!」


 カウンターを越え、男は長谷とおじさんとの間に立ち塞がる。呆然とする長谷の手元で、鳥が小さく鳴いた。


「あのさぁ、ミホちゃん。俺、そんなにモテねぇから」

「あー嫌だ。どの口が言うのかしら」

「第一、男に興味ねぇし」

「男がママのスナックに通ってるくせに」

「付き合いって言葉、知ってる?」

「接着剤がそんなに恋しいのね。今持って来てあげるわ」


 一触即発と思いきや、ミホと呼ばれたその男はカラカラと笑っていた。戯れであるらしい。長谷がほっと胸を撫で下ろしていると、不意に彼の目がこちらを――正確には鳥を捉えた。


「あら、その子」

「拾ったんだと、そこで」


 おじさんが口を挟む。長谷は頷いた。


「轢かれそうになってたので、保護したんです」


 ミホは長谷の手元、白い鳥を覗き込む。ふいと顔を背ける鳥を追うように、彼(彼女?)はじりじりと位置を変えた。


「抱かれてるのにこんなに大人しいなんて。ずっとこのままなんでしょ?」


 長谷は首を振る。鳥を救出してからどれだけの時間が経ったのか、その間、ずっと鳥を持ったままなのだ。そう自覚した途端、前腕がずしりと重くなった。


「あの、大変申し上げにくいのですが、こいつ、降ろしてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」


 口元に手を添え、動きこそ優美であったが、身成りとのギャップが凄まじかった。


 女言葉を話す男店主、所謂「オネエ」実物を目にするのは初めてだった。


 ここは都会ではない。生活の為には車が必須とされる田舎だ。そのような場所で社会の少数派とされる人物に出会うことは、一から火を起こすくらいに困難であるように思えた。


 未だ慣れぬ長谷の一方、鳥はすっかり順応していた。床に降ろした後こそ、その場に留まって辺りを見渡していたが、今ではふらふらと歩き回っている。


 頭を動かし、その都度細い足を運ぶ。見知らぬ場所に軟禁されているというのに、焦燥の欠片もない。


 鈍感なのか、胆が据わっているのか。長谷には判別付け難かったが、変わらず阿呆面を目にしては前者と断定せざるを得ない。


「あらあら、元気ねぇ。これは大物になるわ」

「馬鹿なだけだと思います」

「辛辣ねぇ」


 そのやり取りを理解したのか、鳥は「クル」と鳴いて、首を捻った。


「なあ、ミホちゃん。確か鳥、飼ってたろ。こんなのじゃなかったっけ?」


 おじさんは問う。ミホは困ったような表情を浮かべると、頬に手を当てた。


「ええ、白だったけど……うちのピーちゃん、この前死んじゃったのよね」

「そうか……すまん」

「まあ、仕方ないもの。十年も生きたのよ、大往生よ」


 カラカラとミホは笑う。その表情は少しの陰りを見せつつも、それを塗り潰す程の輝きに満ちていた。


 ミホが鳥の飼い主でないとすると、おじさんの読みは外れてしまったらしい。どことなく落胆した様子の横顔を見つつ、長谷もまた肩を落とした。


「振り出しに戻りましたね」

「あら、何か悪いことしちゃったかしら」

「ミホさんが飼っていたのが逃げ出したんじゃないかって、おじさんと話したんです」

「そうなの。それは残念だったわね」


 ミホはふいと踵を返すと、カウンターの奥へと戻って行った。そしてコップやら湯沸し機やらの準備を始める。


「確かにその子、やけに人慣れしているし、野生とは言えないわね。ポスターでも貼り出してみる?」


 それは有り難い申し出だった。


 長谷はこの辺りの地理に詳しくない。近所の人との面識も無に等しい。通学路として通過するだけの場所なのだ。そのような場所で「飼い主探し」をしようなど、困難極まる。だがスナック――地元と密着し、人の出入りも多いであろう場所にポスターを貼ってもらえるなら心強い。


 長谷は何度も首を振った。


「是非お願いします」




 

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