2羽 鳥を一から捌いて焼き鳥にする趣味はない。

 白い鳥は大人しい。鳥の扱いに不慣れな男が持ち上げても暴れずに収まっている程人慣れしている。


 ひょっとしたら鈍感であるだけかもしれないが、少なくとも、これまで自然界を生き抜いてきた猛者には到底見えなかった。


 きっと飼われていたのだろう。それも、つい最近まで。何らかの理由で脱走してきたのか、あるいは捨てられたか。考え得るのはその二つだった。


「なあ、お前。どこの子だ?」

「クル」

「逃げて来たのか?」

「クル」

「捨てられたんだろ、阿呆っぽいから」

「…………」

「いや、何か言えよ」


 こいつ、実は人の言葉を理解しているのではあるまいか。長谷はそんな疑念を抱き始めていた。話しかければそれに応じ、芸人顔負けのタイミングで無言を挟んでくる。偶然にしては出来過ぎていた。


 しかし、そう思っているのは長谷ただ一人である。端からすればその様は、ひたすら鳥に話し掛ける頭のおかしい男と映るだろう。警察車両や学校帰りの小学生が近くを通らないだけ、まだマシだ。


 愛車を停めた空き地に、長谷は呆然と立ち竦む。


 空が綺麗だ。


 現実逃避の最中にあったその時、歩道を行く人がぴたりと足を止めた。


 目と目が合う。無言の視線が行き交う。


 おじさんだった。年は五十、六十くらいだろうか。もう冬になるというのに、依然として肌を焦がしたままの逞しい男性だ。それがじっとこちらを見つめている。


 長谷はいたたまれなくなって、愛車に顔を向けた。


「なあ、兄ちゃん。そんなトコで何してんだ?」


 その声には警戒が滲んでいた。


 当たり前だ。車の前でぼけーっと突っ立っているだけでも怪しいのに、手には鳥を抱えている。不審に思われない筈がなかった。


「あ、あの、えっと、違うんです。これを食べようとしてたとか、そういうのじゃなくてですね――」

「いや、あのな。そこ、ウチの敷地なんだわ。勝手に停められると困る」

「す、すみません! 咄嗟に、だったので……」


 長谷は車を動かそうとする。しかし手には鳥。どう足掻いても鳥。少しの間そこらに置いておこうにも、何を仕出かすか分からない。これをどうにかしなければ、運転は出来そうになかった。


「うん? それ――」


 男の指が長谷の手元、白い鳥を示す。長谷はがばりと顔を上げて、


「知ってますか!?」

「いや、珍しい色だなと思って。兄ちゃんのペットか?」

「拾ったんです。すぐそこで」


 長谷は車行き交う道を示す。するとおじさんは顎を摩った。


「拾った、ねぇ。また妙な話があったモンだ」

「どこかで飼われてたと思うんですけど、心当たりはありませんか?」

「ンなこと言われてもなぁ……」


 男は天を仰ぐ。しばらくそうしていたが、彼はあっと声を洩らした。


「ミホちゃん、確か飼ってなかったっけか」

「ミホちゃん?」

「そこの店のママだよ。ほれ、見えるだろ?」


 男の指は隣の建物を指していた。コンクリートに覆われた、二層構造の箱。光の消えたネオンには「スナック・ミホ」の文字が書かれている。


 長谷はおじさんに連れられるまま、扉を潜った。


「おーい、ミホちゃん。いるかい?」


 店の奥から声が聞こえて来た。


 ミホちゃん、そう呼ばれるにしては、少しばかり低い声である。不審に思いつつ到着を待っていると、カウンター置くの暖簾が揺れた。


「もー、まだお昼よ? 仕事はどうしたのよ、仕事は」


 顔を出したのは男だった。長い髪を全て持ち上げ、肌をてらてらと輝かせている。寝起きなのだろうか、その目はぼんやりと虚空を見据えていた。


 彼はしばらくおじさんと長谷とを交互に見ていたが、突然素っ頓狂な悲鳴を上げた。

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