第76話 対決





 地下川原を長い時間歩き続けると、やがて発光石を含む砂利道が、発光石で光る石造りの道に変わった。


 そのまま歩き続けていると、川沿いに等間隔に天井まで貫く石柱が並んでいる場所に出た。

 石柱が並ぶ場所から、石造りの道は、流れる川に対して直角に、つまり向かって右に大きくカーブしていた。

 俺達は川を背後にして道沿いに歩いていく。


 川が遠ざかるに従い、川の流れる音が静まり、やがて周囲は静寂に包まれる空間となった。

 聞こえるのは俺達の足音だけだ。

 石造りの道は段々と狭まり、幅三十メートルほどとなった。

 道の左右は岩壁に囲まれており、いつのまにか俺達は石造の光るトンネルの中を歩いているような恰好になった。



 トンネルをしばらく歩き続けると、やがて再び開けた場所に出た。



 俺達の目の前には、巨大なドーム状の空間が広がっていた。

 ここが、地下神殿だ。


 あちこちに天井まで伸びる石柱が立っている。

 天井までの高さは何十メートルもありそうだ。

 ドーム状の空間の真ん中に、発光石を含む石材でできた、十段ほどの石段に囲まれた広いステージがある。

 ステージの上には、祭壇があるようだ。

 その周囲に等間隔にトーチが立てられており、トーチの先端からは炎がチロチロと燃えている。



 俺達が歩いてきた光る石造りの道は、この巨大空間の真ん中にあるステージに向かって伸びている。


 俺達は一言も口を聞かず、周囲に気をつけながら、ゆっくりと歩を進めた。

 そして、ステージに近づき、石段の手前まで来た。



「上に上がってみるか?」

 ラモンが聞いた。


「ああ。行ってみよう」

 俺は言った。




 俺達が石段に足をかけた瞬間、石段の上から笑い声が聞こえた。





 俺達は足を止め、笑い声のする方を見た。


 先ほどまで誰もいなかった筈のステージの上の祭壇の前に、黒く長いローブを着た老人が立っていた。

 長い髭をたくわえるその老人は、右手に樫の大きな杖を持っていた。

 ローブのフードに隠れて顔はよく見えないが、深い皺と、眼光鋭い目つき、にやけた口元だけはよくわかった。




「よくここまで来たの」

 老人は言った。



「ザウロスか」

 ラモンが訊ねた。


「そのとおり」

 ザウロスは答えた。



「この地下迷路を迷わずまっすぐにやって来るとは、いったいどんな技を使ったのだ?

 なぁ、プッピよ」


 ザウロスはにやりと笑いながら俺に言った。



 ザウロスが俺の名前を知っていることに驚きながらも、俺は言った。


「ザウロスよ。おまえを倒しに来た」



「ドゥルーダからわしの倒し方を聞いてきたのかえ? 

 おまえさん達にこのわしを倒せるかな?」



 ザウロスは、ドゥルーダから教えを受けたことまで知っているようだった。



「プッピよ。おまえはどこの世界から来たのだ? 

 わしらの知らぬ遠い世界からやってきたようだな。

 果たしてその世界には、わしのような魔法使いはいるかな? 

 魔法の力を知らぬそなたに、見せてやろうぞ」



 そう言って、ザウロスは右手に持った杖を俺達の方に向けて、一言、邪悪な言葉でつぶやいた。

 ザウロスの杖から青い光線の束が飛び出し、俺達の足元に当たった。

 当たった地面は爆発でもしたように砕け散った。

 俺達は二人とも、煽られて吹き飛ばされるように倒れた。



「それ、もう一度」


 ザウロスは言い、今度は杖を天井に向け、また一言つぶやいた。

 次の瞬間、天井に雷雲が発生し、稲妻が俺達の目と鼻の先をかすった。



「おのれ!」


 ラモンが素早い動作で弓をつがえて、ザウロスにむけてミスリルの矢を放った。


 矢はザウロスの胸に刺さった。

 しかし、刺さったはずの矢は煙のように立ち消えてしまった。



「ふははは。効かんぞ。」


 ザウロスはそう言い、ラモンに稲妻を落とした。

 ラモンは叫び声をあげて倒れた。


 ラモンは稲妻に打たれ、気を失ったようだった。




「プッピよ。邪魔者が眠った所で、聞かせてもらおう。

 そなたは一体何者だ?」

 ザウロスは俺に問うた。



「……」

 俺は何も言わずにザウロスを睨みつけていた。


 いや、なんと言っていいのかわからないのだ。



「そなたは、この世界の人間ではない。

 それはわしにもよくわかっている。

 どこか別の世界からやって来たのだろう。

 では、なぜ? おまえは何を目的にこの世界にやって来たのだ? 

 おまえは何をしようとしているのだ?」



「俺は、おまえを倒すためにここにいるのだ」

 俺は言った。

 声がかすれて、裏返ってしまった。



「わしを倒すためだと? ぬははは。笑えるわい。

 わしを倒すために別の世界からやって来たと言うのか。

 嘘をつくな」



「そんな事よりザウロス、一体マケラ様に何をしたのだ」



「マケラか? あの者は、わしの要求に応えずに武器を持ってここに乗り込んで来おったから、生け捕りにしてやった。

 そして奴の心を囚えてやった。

 ……ほれ、奴の心はここにあるよ」


 そう言って、ザウロスはローブの中から左手を出した。

 左手の手の平の上に、心臓が載っている。

 心臓はドクドクと波打って規則的に動いている。


「囚われのマケラの心の臓じゃよ」

 ザウロスは言った。



「おとなしく金を払えばよかったものを。

 おとなしく娘を差し出せばよかったものを。

 わしの要求を訊かないからこういうことになる。」


 ザウロスは、手の上に載せたマケラの心臓を、ギュウっと握りつぶした。



 マケラの心臓は、変な形にひしゃげ、ザウロスの握力に敵わず、最後にはザウロスの手の中で破裂した。

 血が飛び散った。


 ザウロスの掌の上には、マケラの心臓を構成していた臓腑の塊が残った。



「マケラはもう死んだぞ」

 ザウロスが言った。


「さぁ、次はわしの問いに答えてもらおう。

 おまえはこの世界に何をしに来た?」



 俺はザウロスの手の中で握りつぶされた、血まみれのマケラの心臓の残りカスを、ただ茫然と見ていた。

 言葉も何も出なかった。



「答えぬか。まあよかろう。

 お主らは、わしを倒しに来たのじゃったな。

 では、試してみるがいい」



 ザウロスはそう言って、杖の先を倒れているラモンに向け、一言つぶやいた。

 すると、ラモンは唸り声をあげながら目を開け、正気を取り戻して起き上がった。


「糞……、ザウロスめ」

 ラモンは呟きながら立ち上がった。



「わしを倒すにはどうしろと教わったのじゃ?」

 ザウロスはラモンに訊ねた。


「まやかしを見破り、本物のおまえの胸にミスリルの矢を突き立てるのだ!」

 ラモンが叫んだ。




「よし、やってみい。できるかな」


 ザウロスはそう言って、血まみれの左手を胸にあて、何やら一言つぶやいた。


 すると、ザウロスは分身した。

 今、目の前には、二人のザウロスが笑いながら立っている。




「プッピ、どうする?」

 ラモンが俺に訊いた。


「……」


 どうしていいかわからない。

 俺は言葉に窮した。



「プッピ! ミスリルの矢はあと二本ある! 

 二体ともに矢を撃ち込んでみるぞ!」


 ラモンはそう言って、素早い動きで弓をつがえ、まずは左側のザウロスにミスリルの矢を射った。

 矢はザウロスの胸に突き刺さった。

 しかし、ザウロスは倒れなかった。

 胸に矢が刺さったまま笑っている。



「おのれ、そっちか」


 ラモンは次に右側のザウロスにミスリルの矢を放った。

 矢は同じく胸に突き刺さった。


 矢を受けたザウロスは、


「ぐぬぬ……」

 とうなり声をあげながら、胸を押さえてゆっくりとうずくまった。



「やったか」

 ラモンが言った。やったのか?





 クックックとザウロスの笑う声が聞こえた。


 胸を押さえてうずくまっていたザウロスが、ゆっくりと体勢を立て直しながら立ち上がった。


「嘘じゃ。これっぽっちも効かんわい」



 ザウロスは再び術を唱えた。

 すると、二体に分かれていたザウロスが、元の一体に戻った。



「今度はこっちの番じゃ」


 ザウロスはそう言って、杖の先端をラモンに向けた。


 杖の先端から、炎が噴き出し、それはラモンを直撃した。


 みるみるうちにラモンは焼けて、黒焦げになったラモンが地面に転がった。






「邪魔者は死んだぞ。

 さぁ、もう一度だけ訊こう。

 プッピ、おまえは何の目的でこの世界にやって来たのだ!」

 ザウロスは再び問うた。




 ラモンが死んだ。

 俺の目の前で、黒焦げになって横たわっている亡骸が、ラモンだ。


 涙があふれてきた。



「俺だって、わからないのだ。

 俺は何のためにこの世界に来たかって? 

 知らんのだ。

 来るつもりなんかなかった。

 気が付けばいつの間にか、この世界に放り出されていたのだ。

 目的なんか無い。

 俺が聞きたいくらいだ。

 俺は何のためにここにいるのだ。

 逆に教えてほしいくらいだ!」


 俺は泣きながら答えた。




 ザウロスは俺を蔑むような眼で見ている。


「ふん……。

 只の詰まらぬ雑魚だったのか」



「ならば、もう用はない。死ね」



 ザウロスの杖の先端が俺に向けられた。


 そして杖から炎がほとばしった。




 次の瞬間、俺は炎に焼かれていた。

 

 夥しい業火に俺は包まれた。

 振り払おうとするが、努力も空しく俺は焼かれ続ける。

 逃げ場のない痛みと苦しみ。


 ……全身の皮膚が焼け焦げているのがわかる。

 すべての皮膚を焼き尽くした業火は、俺の骨や肉や内臓を焦がしはじめる。





 俺は、死んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る