第74話 小屋




 俺は座り込み、長い間、何もせずに待った。

 しかしいくら待っても、ラモンもオルトガも俺に追いついてはこなかった。


 魔除けアプリを使っているのに、レッドアイとオークや、スナッタバットが出現して戦闘になったのは、彼らがいわゆる”中ボス”だったからだろう。


 しかし、ボスキャラにたどり着く前に俺一人になってしまうとは……。



 おれはスマホを取り出した。

 MAPアプリを起動して現在地を確認する。

 記憶どおりだ。

 ここからさらに上流に向けて川原を歩けば、やがてさらに広大に開けた場所に出る。

 そこが地下神殿だ。

 そこにザウロスがいるに違いない。


 さきほどレッドアイが、村の領主を生け捕りにした、と言っていたのを思い出した。

 マケラは生きているのだろうか? 

 ザウロスに囚われているのだろうか? 

 それとも、すでに殺されてしまったか。





 SMSを起動してみた。

 新着メッセージが入っていた。

 ハリヤマからのメッセージだった。


◆『お疲れ様です! ダンジョン探索に出られましたか? 

 もし行かれるのなら、気を付けてくださいね。

 魔除けアプリのご感想をお待ちしています』



 今はハリヤマに返信するのは止めておいた。


 そのかわりに、ユキにメッセージを送った。


◇『今ダンジョンの中です。何度か死にそうな目にあったけど、まだ生きてます。

 でも、仲間がみんなやられてしまって、俺一人になってしまった。』



 メッセージを送って、しばらく待ってみたが、既読はつかなかった。

 仕事中なのかもしれない。



「さて」


 俺は一人で声に出して言ってみた。


「さてさてさて」


 独り言だ。

 俺は独り言が癖なのだ。



 俺は大きなため息を一回ついて、立ち上がった。



 腰に下げたミスリルの短剣の柄を握ってみた。

 試しに剣を抜いてみる。

 短剣を構えて、振りかざすふりをしてみる。


「待ってろ、ザウロスめ」

 俺は小声でつぶやいた。


 俺は短剣を鞘に戻した。

 そして、川原を上流に向けて、歩き始めた。




 歩けど歩けど、風景は変わらなかった。

 左側に川が流れ、俺は上流に向けて川原を歩いている。

 発光石は相変わらず光り続けている。


 同じ場所をループしているのではないか? とも思うくらいにずっと同じような風景が続いていたが、やがて遠くの方に、小さな明かりが見え始めた。



 おれはスマホを取り出し、MAP画面で現在地を確認した。

 遠くに見えている小さな明かりの場所には、何かの建物が建っているようだ。


 だんだんと近づいていくにつれて、建物の輪郭がはっきりわかってきた。

 あと百メートルほどの距離までに近づいてきた。

 その建物は木造の小屋だった。

 そして小屋の窓から灯りが漏れているのだ。



 俺はいったん立ち止まった。

 百メートル前方に小屋がある。

 灯りがついているので、小屋の中にはきっと誰かがいるのだ。


 どうする……?


 小屋は無視して通り過ぎ、先を急ぐか。

 それとも、小屋に誰がいるのか確認するか……。



 寄り道はしないほうがいい。

 こんな所で誰に会っても、それは敵に決まっている。

 何も良いことは起きない。


 俺は足音をたてないようにして歩いた。

 このまま静かに歩いていき、小屋の住人に気づかれないように通り過ぎてやり過ごすのだ。


 俺は小屋のすぐ近くのところまで来た。

 木造の掘立小屋だ。

 三角の屋根からは煙突が出ていて、煙突から少量の煙が出ている。

 玄関口は川に向かってついていて、窓からはランプの明かりが漏れている。


 いよいよ小屋の目の前まで来た。

 おれは足音をたてないように気を付けて、気配を殺してそっと歩いた。


 ふと、小屋の中から、何か音がするのが聞こえた。




 耳を澄ましてみると、誰かが鼻歌をうたっているのがわかった。



“ 響けよ歌声 空高く

  俺の村じゃあ 誰しもが

  ラッパを鳴らして 大騒ぎ ”


 そんな歌だった。

 下手糞な歌声だった。

 しかし、この声。聞き覚えがある……。



 俺は、足音を殺して小屋に近づき、そっと窓から中を覗き込んで見た。


 部屋の中が見えた。

 向かって正面の壁に暖炉があり、火がくべられている。

 テーブルの上には食べ物や飲み物が置かれている。

 椅子には誰も座っていない。


 向かって右の壁側には一面に本棚が備え付けられ、本が並べられている。

 本をパラパラとめくりながら鼻歌をうたっている男の姿が見えた。

 男は俺に背を向けた格好で、歌をうたいながら本を眺めるのに夢中で、窓から中を覗く俺には気づいていない。


 歌声は、聞き覚えのある声だし、背格好も見覚えがある。

 その男の服はボロボロで、裸足だ。



“ 窓辺に佇み思うのは

  村の思いで 青い森

  すぎた昔の日々のこと

  思い返して 歌うのさ ”



 ここまで歌い終わった男が、突然後ろを振り向いた。


 つまり、俺の方に振り返った。


 男は窓から中を覗き見る俺の存在に気付いた。


 俺と男は、目を合わせた。




 川原の小屋の中で歌をうたうこの男は、マケラだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る