第73話 川原





 地下四階に降りた俺達を待ち構えていたのは、地下を流れる大きな川だった。

 俺達は今、その川原に立っている。

 それはなんとも異様な眺めだった。


 川岸の砂利の中に、発光石が多く含まれているらしく、ここでは松明の明かりは不要だった。



 川は、俺達の正面を流れている。

 向かって右側が上流で、右から左へと水は流れていた。

 川の流れは速い。

 今俺達が立っている川原は、上流側にも下流側にもずっと遠くまで続いている。

 発光石の放つ光では、川の対岸までは見通すことができなかったが、川幅も相当に広そうだ。


 そして発光石の淡い光は、この地下川原の天井まで届いている。

 天井までの高さは十メートルか二十メートルといったところだろうか。

 坑山の地下四階という深い場所に、このような川原があり、発光石のおかげで砂利の地面全体から鈍い光が放たれている。

 不気味としか言いようのない光景だ。

 まるで、死後の世界、地獄の入り口のようにも思える。



「川原を上流に向けて歩いていくんだ。

 目的地はもうすぐそこだ」

 俺はラモンに言った。



「良かった。まさかこの川を渡ると言い出すのかと思ったぜ」



「ラモン、行く前に傷の治療をしよう」

 俺はラモンの腕をみて言った。


 レッドアイの放つ炎にやられたのだろう、右腕に火傷を負っている。



 俺たちは川岸に座り込み、傷の手当てと休憩の時間をとった。

 俺は背負い袋から薬を取り出し、ラモンの右腕に塗布した。

 よく見ればラモンは右頬も火傷していたので、こちらにも薬を塗ってやった。


 そして次に回復薬を取り出し、二人で分け合った。

 タリアのくれた回復薬はよく効いた。

 俺もラモンも、身体中を支配していた疲れが癒されるのを感じた。



「オルトガは、残念だった」

 ラモンが言った。



 俺が逃げきり広間を出た後も、ラモンとオルトガは苦戦を強いられた。

 オルトガはオークと、ラモンはレッドアイと戦い続けた。

 レッドアイの目から噴き出す炎のため、すでに広間の中は火の海と化していた。


 ラモンもオルトガも、そしてオークも、レッドアイ自身も、火炎を避けきれずに体の端々を焼かれた。

 レッドアイの攻撃に押されながら、ラモンが扉の付近まで後退した時、オルトガも丁度同じく扉の前まで来ていた。

 ラモンの肩とオルトガの肩がぶつかった瞬間、オルトガはラモンに翻り、ラモンを扉の向こうに蹴り飛ばした。


「おまえ達は先に行け!」

 オルトガが言った。


「しかし……!」


「いいから早く! 

 俺の計らいを無駄にするな!」

 オルトガはそう言って扉を閉めた。



 ラモンは、一人で闘いを続けるオルトガを背に、階段を駆け下りたのだった。



「何度も、戻ろうと思ったんだ。

 戻って、戦い続けるオルトガに加勢しようと思ったんだ。

 けどな、それをしたらオルトガの思いが無駄になり、あんたを一人きりにさせてしまうと思い、気持ちをこらえて階段を下りてきたよ」


「それとも、もうしばらくここで待っていたら、追いついてくるかな……」



 しばらくの間、俺達は茫然と黙っていた。

 地下の川を流れる水音があたりに響いていた。

 発光石の放つ光が、不気味に流れる川面を鈍く映している。



 オルトガはやはり来なかった。

 俺達はどちらともなく、立ちあがって、ほぼ同時にお互いに向けて言った。


「行こう」




 俺達は川原を上流に向けてとぼとぼと歩き続けた。

 地図によれば、数キロ先まで歩く必要があった。

 どこまで歩いても、発光石の光も途切れることなく続いていたため、新しい松明に火を灯す必要はなかった。



「プッピ、待て」

 ラモンが俺を制した。


 俺達は立ち止まった。

 ラモンが後ろを振り向いて、目を凝らして遠くを見ようとしている。



「何か追ってくるぞ。オルトガか?」

 ラモンが言った。


 俺には全くわからなかったが、ラモンが後ろからの何者かの気配に気づいたようだった。


 耳を澄ましても、川のせせらぎしか聞こえなかった。

 しかし、さらにしばらくして、俺にも聞こえた。


 何かが俺たちに近づいてくる。



 ラモンが剣を抜いて構えた。



 やがて、正体がわかった。

 川原の下流側からやって来るのは、黒い大きな羽根、鋭いかぎ爪と牙、コウモリのような見た目だが、ほとんど空を飛ばずに地面を駆ける。

 強い顎をもち、噛まれれば最後毒牙にやられて死に至る、あのスナッタバットだった。

 体長は一八〇cm程度だろうか。

 口からは涎がダラダラと流れ出ている。



「プッピ気をつけろ!」


 ラモンが剣を構えて、近づいてくるスナッタバットに挑みかかった。

 ラモンが剣を振り払ったが、敏捷なスナッタバットはそれを回避した。


 スナッタバットは一度後ずさりして、攻撃の機会をうかがった。

 ラモンも剣を構え直して隙を伺う。


 にじり寄るスナッタバットが、突如、ラモンに向けて突撃してきた。


 ラモンはすんでの所で突撃をかわし、スナッタバットの背後をとった。

 スナッタバットに噛みつかれたら最後だ。


 ラモンは剣を捨て、スナッタバットを背後から羽交い絞めにした。

 バランスを崩したスナッタバットとラモンは、転がり、川に落ちていった。



 ラモンはスナッタバットと絡み合いながら、川の流れに乗って下流の方に流れていってしまった。



「プッピ! 必ず追いつく! 

 先に行けー!」


 ラモンとスナッタバットは、視界から消えていった。





 俺はしばらくの間、茫然と立ち尽くしていた。

 両手を頭にやり、髪の毛を掻き乱した。辺りには、川の流れる音しかしない。




 とうとう一人になってしまった。


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