第71話 迷路





 今回は我々は馬を使わず、全工程を徒歩で行く。

 天気は上々で、鳥のさえずりがのどかに聞こえた。

 何も知らない人間が見たら、我々のことを森にピクニックにでも行くのだと思うだろう。


「俺がダイケイブに行くって言ったら、息子が自分も行くと言い出してよ」

 オルトガがぼやいた。


「遊びに行くんじゃねえんだって怒鳴ってやったよ」



「うちの女房は泣いてたぜ。

 別に死にに行くつもりはこれっぽっちも無いのに勘違いしやがって」

 ラモンが言った。



「プッピ、あんたの言ってたことだ。"勝算"があるんだろう?」

 ラモンが俺に聞いた。


「ああ。あるよ」


「それは、こないだ俺に渡したミスリルの矢と関係があるんだろう?」


「そうだ。俺はマケラ様と一緒に大魔法使いドゥルーダと会合した。

 その時に、ドゥルーダからザウロスの倒し方を教わったんだ。

 奴は幻術を使うんだ。

 ザウロスのまやかしに騙されずに、本物のザウロスを見極めて、胸にミスリルの武器を突き立てるのだ。

 そうすれば、奴を倒せる」


 そして、その場で杖を燃やすのだ。

 それを忘れないようにしなければ……。


「本物のザウロスかどうかは、どうやって見分けるんだ?」

 オルトガが質問した。



「そこは俺に任せてくれ。

 俺が矢を放て! と言ったら、ラモン、頼むよ」



「よし、わかった。

 あんたに任せるからな」

 ラモンが言った。

  

 本当は、まやかしのザウロスを見破る方法など、俺には皆目見当がつかなかった。

 しかし、今そんな事を言ってしまっては、ラモンとオルトガの士気を落とすだけだ。



 俺達は森を抜け、ヤブカラ谷の谷間の一本道を歩いた。

 沼地を越え、トウガラシの原っぱを越えて先に進んだ。

 魔物の気配はなかった。

 魔除けのアプリの効果が出ているのかもしれない。


 結局、俺達は一度も魔物に遭遇せずに、ダイケイブの入り口に到着した。

 以前に見たときと同じように、坑山の入り口から先には深く冷ややかな暗闇が広がっていた。



 「さて、行くか」

 ラモンが松明に火をつけた。


 松明の明かりに照らされて、坑道は少し先の方まで見えるようになった。

 広い坑道はこの先もずっとまっすぐ続いていた。

 ラモンが先頭を行った。

 俺はその次に続き、しんがりはオルトガが務めた。

 しばらくの間、誰も口を聞かずに黙々と歩き続けた。


 俺はラモンの背中を見ながら歩き続ける。

 彼は背負い袋と弓を背中に担いでいた。

 腰には矢筒と剣を下げている。

 状況に応じて、弓と剣を使い分けるつもりなのだろう。

 矢筒の中にはきっと、俺が渡したミスリルの矢尻を取り付けた矢も入っているに違いない。


 ラモンが先頭で掲げる松明によって、通路内は淡い明かりに照らされていた。

 ラモンの後ろを歩く俺は、ベアリクに貰った発光石を懐中電灯のように手に持ちながら進んだ。

 発光石は、ちょうど暗闇でスマホを持って歩く時のように、手元を照らす程度の明かりを確保することができた。

 暗闇の中では無いよりもあった方が断然良い。

 ラモンとオルトガは発光石をペンダントのように加工して首から下げていた。

 なるほど、そのように工夫すれば両手が自由になるのか。

 

 後ろを歩くオルトガの規則正しい鼻息と足音が聞こえる。


「もし魔物が出たら、あんたはすぐに隠れるんだ」

 オルトガが後ろからそう言った。


「魔物の攻撃を避けるのはもちろん、俺たちが振り回す剣にも当たらないように気を付けるんだぞ」



 広い坑道を五百メートルほど進むと、左右の壁に枝道の入り口が見えてきた。

 枝道はどちらも高さ四メートル、幅十メートルほどの大きさで、ぽっかりと口を開けている。


「道が分かれているぞ。どうする? 

 こっちに入っていくか?」

 ラモンが聞いた。


「いや、まだまっすぐだ」

 俺はラモンに言った。


 ラモンは俺の言う事に従い、広い本道をさらにまっすぐ進んだ。


 途中途中に口を開けている枝道の入り口を通り過ぎ、さらにまっすぐ数百メートル進むと、交差点のように東西南北に坑道が分かれる場所に出た。

 まっすぐ進めば、今まで歩いてきた坑道の続きだ。

 そして、左右に分かれる坑道は、今まで歩いてきた坑道よりも、高さもあり、幅もぐっと広がっている。


「ラモン、左だ。

 ここで左に曲がってさらに奥へ進もう」

 俺は声をかけた。


「さっきからあんた、まるでダイケイブの中を知っているような口ぶりで俺に指図するね」

 ラモンが言った。


「地図でも見て来たかのようだぞ。

 どうしてあんたの言う通りに進まにゃならんのだ? 

 この道を右に行ったらなぜ悪い? 

 まっすぐ進んだらだめなのか?」


 ダイケイブに入った時から俺の言動に疑問を感じていたらしいラモンが俺に詰め寄った。



「実はな、地図があるんだ」


「地図?!」


 ラモンとオルトガは驚いた様子だった。


「俺は地図を持っている。

 正しい道順を知っている。

 見てくれ」


 俺は背負い袋から自分用に羊皮紙に描き写した地図を二人に見せた。


「どういうことだ? 

 こんな物、どうやって手に入れたんだ?」

 オルトガが聞いた。


「……マケラ様から貰ったのだ」

 俺は嘘をついた。


「マケラ様から……? 

 なるほど、そういえば、マケラ様は生還した冒険者達に聞き取りを行い、情報をもとに地図を作っているようだったが……」

 ラモンが言った。


「どうしてマケラ様が、作った地図をあんたに授けたんだ?」

 オルトガが言った。


「それは俺にもわからない。

 とにかく、これが"勝算"の一つだ」

 俺は誤魔化して言った。


「マケラ様は、自分の後にもダイケイブを探索する者のために、地図を残したのだな。

 あんたに渡せば間違いなく役立てるだろうと思われたのかもしれんな」

 ラモンが言った。


「まさかマケラ様も、プッピに地図を渡したところで、プッピ自身がダイケイブに来るとは思わなかったのだろうなぁ」

 オルトガが言った。


「しかし、俺が行くしかなかったんだよ。

 俺はマケラ様と共に大魔法使いドゥルーダに会って、ザウロスの弱点を聞いている。

 そして、俺には地図もある」

 俺は言った。

 ……それに、魔除けアプリもある。



「しかし、魔物と遭遇せんな」

 オルトガが言った。


「ああ、不気味なほど静かだ」

 ラモンが言った。


 これまでの所、ダイケイブに入る前も、入ってからも、魔物の気配は一切みられない。

 半信半疑だったが、魔除けアプリの効果は間違いなく出ているようだ。

 これなら、ザウロスが棲んでいるであろう地下四階まで、魔物と遭遇せずに到達できそうだ。



 そして俺達は暗いダンジョンをさらに奥深くへと進んだ。

 分かれ道にさしかかるたびに、ラモンは俺に進む道の指示を仰いだ。

 俺はその都度、頭の中に叩き込んだ正しい道順に従って、二人を導いていった。


 やがて前方に下の階へと通じる階段が見えた。

 俺達はそこを降り、さらに深く進んで行った。


 まっすぐ進んで、三番目の十字路に出たら、右に曲がる。

 曲がったらしばらく道なりに進み、T字路に出たら左。

 すると上の階への階段が見えた。

 俺は階段を上がることを指示した。


「ちょっと待て。

 下へ下へと降りるならともかく、また上の階に上がるって? 

 本当にそれでいいのか」

 ラモンが聞いた。


「良いんだ。合っている。

 このダンジョンは、下へ下へと深く進めばゴールに到達する普通のダンジョンとは違うんだ。

 下に降りて、上に上がって、と繰り返しながら進む迷路だ。

 俺の言う通りに行けばいいんだ」



 ラモンもオルトガも納得したようだった。その後は何も意見を言わなくなった。

 ダイケイブに入って以後、俺の指示する道順に従って奥深くまで進むことができている事は確かだし、その上、魔物と一切遭遇しないことが、俺が正しい道順を示していることに説得力を加えているようだった。



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