第70話 消えたにぼし






 デリクは約束通り、きっちり六日後に注文の品物を完成させた。

 白金色に輝く短剣が一本と矢尻が三個だ。

 短剣は今まで使っていた物より少し重い。

 妖しい光を放つ刃先は鋭かった。

 試しに木製の机の角に刃をあててみると、少しの力で、まるで紙を切っているように机の角が削げた。

 三個の矢尻は、ラモンに渡した。

 手持ちの矢の矢尻をこれに付け替えておくように頼んだ。




 タリアの店で泊まり番の夜、俺はSMSを開き、ハリヤマに相談した。



◇『前に、この世界の人達には絶対スマホを見せるなと、そう言ってたよね。

 スマホを取り出すときは必ず一人の時に……、って』


◆『はい、言いました。

 このルール、守ってくださっていますか?』


◇『うん。守ってるよ。

 でもな、本当にだめか?』


◆『NPC(ノンプレイヤーキャラクター)にスマホを見せるのは、絶対におすすめできません。

 なぜなら、アイランドは中世ファンタジーをリアルに再現した世界だからです。

 その世界の住人に、現代文明の利器であるスマホを見せれば、怪しげな妖術を使う者と判断されて殺されるのがオチです』



 確かにそうかもしれない。

 ラモンとオルトガにスマホを見せたら、もしかしたらびっくり仰天して、俺を悪魔だと決めつけて殺そうとするかもしれない……。


◆『それに、やはりゲームバランス上、おすすめしないです。

 アイランドは絶妙のバランスで成り立っている仮想世界です。

 そこに、世界の均衡を崩すような行動は、出来れば、なるべくしないでほしいです。

 プログラムの安定性に影響する可能性がゼロではないので……。

 もちろん、私共のせいで元の世界に戻れなくなっているタカハシさんに、こういうふうにお願いをするのもおかしいですが……(汗汗)』



 やはり、ダイケイブに入ってからも、ラモンとオルトガの前でスマホを取り出してMAPアプリを確認するわけにはいかない。



 そこで俺は、再び地図を描き写しはじめた。

 自分用の地図だ。


 一度やった作業なので、見通しがわかる分、二回目の作業は楽だった。


 そして、羊皮紙に写し終えた地図を、俺は何度も読み込んだ。

 地下迷路全てを暗記することは不可能だが、せめて、正しい道順だけでも頭に入れておかなければならない。


 二日かけて、地下四階までの正しいルートをなんとか頭に叩き込んだ俺は、ラモンとオルトガに出発の準備が整ったことを告げた。






 その夜、俺はユキにメッセージを送った。


◇『ユキさん、起きてますか?』


◆『起きてますよ! こんばんは!』


◇『こんばんは。実はね、明日ダンジョンに行くんだ』


◆『えーっ! 本当ですか! 

 気を付けて行ってきてください』


◇『はい。気を付けます。

 でも、危険な場所なので、俺は死ぬかもしれません。

 ……まぁ、死んでも生き返るんだけどね(苦笑)』


◆『でも、死にたくないですよね?』


◇『そうなんだ。死にたくないよー(泣)

 怖いんだ。

 ただのゲームなのにね。

 おかしいよな』


◆『いえ、わかります。

 ゲームでもなんでも、やっぱり死ぬのは怖いですよ。

 ……タカハシさんが無事に戻ってこれるようにお祈りしときます!』


◇『ありがとう。

 死なずに戻って来れるように頑張ります』


◆『ところでね、タカハシさん。

 最近、猫のにぼしの姿が見えないんです(汗)』


◇『ほんとに?! 

 どうしたんだろう』


◆『私がタカハシさんの家に行った時もいつもいないし、ご飯を食べてる形跡もないんです(泣)』


◇『心配だなぁ』


◇『でも大丈夫。

 そのうちまたエサを食べに来るよ』


◆『私もそう信じてます。

 にぼし、どこに行っちゃったんだろう……』









 翌日の朝、俺は出発の準備を整えて、タリアの店に行った。

 だいぶ早い時間だったが、タリアはすでに出勤して開店準備を始めていた。

 腰に短剣を下げて、背負い袋を担いでいる俺を見て、タリアはため息をついた。



「やっぱりか……。そうだと思ったわよ」



「勘が良いね。

 本当は書き置きでも残して、黙って行こうと思ったんだ。

 でも、俺字が下手だから、それはやめた」



「ダイケイブに行くんでしょう? 

 マケラ様を探しに行くの? 

 でも、きっともうマケラ様は……」



 タリアがそう言うのも無理も無かった。

 マケラが十一人の仲間と共にダイケイブに発ってから、もう二週間以上が過ぎているのだ。


「俺も馬鹿じゃないから、さすがにわかってるよ。

 マケラ様はダイケイブの中でもう死んでいるだろう。

 ……でも、それでも誰かがザウロスを倒さないと」


「だからって、あなたが行くことないじゃない」



「しばらくの間仕事を抜けることになるけど、ごめん」


「……」


 タリアは一粒涙を流した。


「あなたがいない間は、私とルイダで泊まり番をしてなんとか回すわ。

 早く帰ってきてくれないと困るわよ」


「わかった」


「早く帰ってくるって約束してよ」


「約束する」


「これを持っていって」


 タリアは俺に、回復薬とお守りを手渡した。


「これは?」


「私が調合した一番の回復薬よ。

 それから、父から貰ったお守りをあなたに渡しとく」


「本当に全部お見通しだったんだね」


「当たり前よ。薬草師は勘が鋭くないとやっていけないのよ」






 タリアと別れ、俺は馬車を使って東の詰所に向かった。



 詰所の前で、旅支度をしたラモンとオルトガが待っていた。



「さぁ、行こうじゃないか」


 オルトガが言い、俺達は出発した。


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